1章閑話
#9_ext プロジェクト終了報告
過剰なほど
「――以上、『オリンポスの復活』は無事にマスターアップできたことを、ここにご報告いたします。部長連の皆さま方には、度重なるご懸念を持たせてしまい、プロデューサとして深くお詫び申し上げる所存です」
スーツ姿の土岐が、尊大な態度で座っている男たちに向かって、深々と頭を下げた。
彼らは社内に属する各セクションの責任者――いわゆる部長職や、それに準ずる権限を有したスタッフたちだ。土岐は週に一度、月曜の午前に開かれるこの『部長連会議』に合わせて、担当タイトルのマスターアップ報告と、それに伴う開発チームの
「ん……むぅ。まぁ、なんだ。なんとか発売できそうで、よかったじゃないか」
もっとも手近にいた禿げ頭の中年が、笑顔を引きつらせながら答えた。その言葉を受けて、土岐は頭を上げるなり、
「――くふふ。ありがとうございます」
額にかかった髪を払いながら、ヒトを食ったような笑顔で微笑む。そのまま出席者全員に目を配ると、改めて軽く会釈して、
「では、アタシはこれで。お時間いただき、ありがとうございました」
慇懃無礼に踵を返し、とっとと退室しようとした矢先――
「あー、土岐くん。待ちたまえ」
酒焼けしてかすれた声が、土岐の行く手を阻む。
「……はい、なにか?」
内心で舌打ちを堪えながら、土岐は笑顔で振り返った。彼女を呼び止めたのは、議長席の横に座るもっとも年配な風貌の男である。彼はテーブルに両肘をつくと、もったいぶった調子で、
「先日、本社から出向してきた……えっと、なんていったかな」
「遊部創平のことでしょうか?」
「そう、そいつの件だ」
男が鷹揚に頷く。さび付いた工作機械を連想させる緩慢な動きだった。
「彼の所属だが、たしか現在は――」
「はい。便宜的にアタシのチームに合流させていますが……拙かったでしょうか? アサイン先については、予てより社長にも――」
「あぁ、その話はもういい。もういい」
前のめりになった土岐を、男は手の一振りで制止させる。
「そっちで責任を持ってくれるのであれば、我々は一向にかまわん。キミの無茶な要求に我々だって応えたんだ……彼がこっちでもトラブルを起こさないよう、しばらくはキミの裁量でよろしく頼むよ」
「……ええ、もちろん。ご配慮には感謝しております」
土岐は改めて一礼する。そして、ドアに向かって歩きだすと――
「あっ、そうだ。本部長」
くるりと振りかえった土岐が、いたずらっ子のように微笑みながら、本部長と呼んだその男へ問いかけた。
「ネクタイのご趣味、変えたんですか? 中国産のお高いヤツでしょ、それ……くふふふふ。よくお似合いですね」
土岐はそう言うと(他の部長たちの呆気にとられた顔を一瞥もせずに)颯爽と退室していった。
◆
「まったく。相変わらずよく分からん女だな」
議長席に座る男が、呆れ顔で土岐の態度を非難する。
「しかし、あのタイトルをマスターアップさせるとはねぇ」
「いやはや。大したもんだと言わざるを得ませんな。あれだけ難産だった案件も、近ごろでは中々ありませんでしたし」
と、何人かが苦笑を漏らす。議長が忌々しそうにトントンと机を指で叩いた。
「リリース失敗の責任を負わせれば、ヤツも少しは大人しくなると思ったのだが……」
「見通しが甘かった。そう言わざるを得ない状況ですな」
「それそれ。逆に沈没寸前のタイトルを、発売までこぎ着けちまいやがって。ちょっとした救世主扱いですよ、社内では」
自分を揶揄するような発言に、議長はムッと眉根を寄せる。と、
「……それもこれも、本社から来たあの男が絡んでいるって話ですよね」
出席者の中では比較的若そうな男が、ポツリと呟いた。
「えっ、ホントかね?」
「複数から言質をとってます」
その言葉に、土岐から『本部長』と呼ばれた年配の男が、大きくため息をついた。
「まったく、余計なことを――」
幾人かの出席者たちが、表情を少しだけ強ばらせる。
「……で。その男はどうするんだ? 今後も土岐の下で――というか、
「えっ? ちょっと……いや、勘弁してくださいよ」
末席に座った禿げ頭の男(ちなみに土岐の上司にあたる)が、ハンカチで額の汗を拭いながら、しどろもどろになって反論する。
ふん、とつまらなそうに、本部長が鼻息を吐いた。
「土岐の要望で受け入れたとはいえ、どうせ本社から都落ちしてくるようなヤツだ。あの女が何を期待しているのか知らんが、それで何かが変わるなんてことは、早々あるまい」
何人かが脊椎反射的に相槌を打つ。
「そうですな。出向という扱いですから、人件費だって本社もち――飼い殺しておいたところで、ウチに損益すらありゃしませんて」
室内に失笑がおこる。やれやれ、と議長が薄い頭髪を撫でつけた。
「駒は駒らしく、こっちの思惑どおりに動いてくれれば良いものの――」
「そう都合よく話が進むばかりではないでしょう。多少のイレギュラは覚悟しないと」
「それにあの2人、そう邪見には扱えんかもしれんぞ。なにしろ、社長の息がかかっとるかもしれんからな」
四方から無意味な憶測が飛び交う。本部長はその発言者たちを、心底つまらなそうに睥睨すると、
「何をいまさら。考えすぎだ」
小さく、だが断定するような声音で一蹴した。その言葉に、騒がしかった室内がしん……と静まり返る。
「兎に角、土岐たちの処遇は様子をみて判断していこう。なに、我々の都合なんて、本社の連中だって知ったこっちゃないハズだからな」
本部長はそう言って場を締めくくると、億劫そうに席を立つ。濁りきった暗い意志が、その目には鈍く
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