#8 マスターアップまであと少し

 創平はホワイトボードへ近づくと、その一面を断りなく消し、代わりに等分されたマス目を描きながら、


「対処方法はこうです。まず、ゲームの流れをプレイ時間に沿うかたちで、デバッカの人数――今回は10人で分割します」

「つまり、35÷10で3.5時間分ずつ、ゲーム進行を分けるってこと?」

「その通りです」


 土岐の質問にふり返ることなく、いっきに板書を進めていく。思考の速度に板書を追いつかせるためか、図形や文字がとんでもなく歪な形になっていた。



「この分割したゲーム進行のポイントを、仮に『A』から『J』と呼びましょうか」


 御法川が座ったまま、ぐっと身を乗り出す。


「えっと、『A』はゲームの冒頭なので説明は省きますが――まず『B』から『J』のゲーム進行に併せるように、デバッグロムでセーブデータを作成していきます」


 ほうほう、と土岐が声を出して頷いた。


「もちろん、ただセーブデータを作るだけじゃ足りません。それぞれのロード地点で、ゲーム進行を想定したステータス――必要なキーアイテムやプレイキャラのデータ、各種フラグの開放もかな――それらを、デバッグコマンドを使って揃えておくんです」


 創平がふり返りながら、ホワイトボードをコツコツと叩く。



「ここまで説明すれば、もう分かったでしょうか。『デバッグロムで作ったセーブデータ』を『マスターロムでロード』して、デバッカがそれぞれ受け持つ担当範囲だけをチェックする――これで疑似的ですけど、マスターロムでの通しチェックは完パケしたことになりますよね」



 創平が「何か質問はありますか?」と呼びかけると、食い入るように説明を聞いていた御法川が、「おぉ……」と嘆息の声をあげた。


「はぁ~、なっるほどねぇ。デバッグ範囲を分担させて、10人で一本のゲーム進行を完遂させようって考え方かぁ」


 土岐がホワイトボードの図解を指さして「なんか電車の連結図っぽくない?」と屈託なく笑う。見返した創平も、言いえて妙なその表現に思わず笑みをこぼした。


「このやり方だったら、想定プレイ時間の一割程度で検証しきれますよね。何か問題があったとしても、作業デッドまで一回くらいなら再チェックできる余裕は作れそうだし」


 胸の前で両手を組んだ久利生が、ウンウンと何度も頷いている。事実、実作業をになう彼女(おそらく、物凄いプレッシャに晒されていたのだろう)の立場であれば、エンバグすら許容されたこのプランは心強い援護射撃になったハズだ。



「じゃあ、アタシたちがやることって……」


 土岐が人差し指を顎に添え、創平へ視線を向ける。


「まず最初はバグの修正。マスターロムとデバッグロムの焼き直しも当然で、ゲーム進行の分割範囲指定も必要です。それに、仮想セーブデータの作成と――」

「一緒に、それぞれの見なしデータの補完も必要だよねぇ?」


 御法川の質問に、久利生が勢いよく頷いた。


 ホワイトボードにリストアップされていく作業項目を前に、全員があーでもないこーでもないと指差し確認をすすめていく。



 ――それから数分後。



「よっし……これでなんとかイケそうな算段が立ったね。指針は決まったんだから、あとはやりきるだけだけど――自分たちがこれから何をするか、分かってない子はいないよね?」


 満足げな土岐の問いかけに、御法川と久利生が「おーうっ」「は、はい!」と威勢良く応える。


「はいはい、だったらグズグズしない! 状況開始、開始ー!!」


 土岐の手拍子に追い立てられ、御法川と久利生が慌ただしく退室していく。それを無言で見送った創平は「んっ」と小さく伸びをした。



 窓の外は晴れ渡っており、夜空にキレイな真円が浮かんでいる。



 異動初日、おまけに定時をとっくに超過していたが、ゲームクリエイタの多くは夜行性。脳が最も活性化する時間帯はこれからだ。


 (なんにせよ、いまは一服……なにかあっても、その時々で考えればいい)


 創平は慌ただしさが増した開発ブースを素通りすると、調子ハズレの鼻歌を歌いながら、喫煙所に向かってゆっくりと歩いていった。


 マスターアップまであと少し。


 これから新しい問題が起こる可能性だって、もちろんあり得ることだ。それを考慮しても――創平にとっての気がかりは、手持ちのタバコが翌日まで足りるかどうかくらいしか、今のところ思い当たらなかった。

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