2章 やりたい仕事、やるべき仕事

#10 打ち上げ

「何はともあれ、無事に完成できたことを祝って――かんぱーい!」

「「「か、かんぱーい!!」」」


 大過なく『オリンポスの復活』がマスターアップして数日後。会社からほど近くにある大衆居酒屋で、土岐主催の慰労会が開かれていた。


 いわゆる打ち上げのまっただ中である。


 土岐の音頭にあわせて、ジョッキ同士のぶつかる音がちらほらと聞こえてくる。すでに何度目の乾杯だっただろう――土岐はプロジェクトが一段落した開放感に身をまかせ、自分でも許容量をこえたピッチで飲み続けていることをボンヤリと自覚していた。


「ってーか、今日は創平くんの歓迎会も兼ねようって言ったのに……あの仏頂面メガネはどこいったー!?」


 大ジョッキを振りかざした土岐が、傍らで酔いつぶれているスタッフの横顔を無造作に踏みつぶす。酔眼で辺りを睨みつけながらノシノシと徘徊する様は、さながら獲物を求めて市中を闊歩する『なまはげ』だ。


 戦々恐々と見守っていたスタッフたち(生存者とも言う)が、「ひぃっ!」と悲鳴をあげるや否や、蜘蛛の子を散らすように射程圏外へと逃れていく。すると、開けた視界の先――壁際の一角で、スクリプト担当だった久利生くりうが遊部(被災予定者とも言う)と楽しげに談笑している様子があらわになったではないか。



「あーっ! クリボーが創平くん口説いてるー!!」



 土岐は大声をあげるなり、猛ダッシュで突撃していく。


「ちょ、ちょっと! デカい声でなに言ってるんスか、土岐さん!? わ、わたしは別に、そ、そんなこと――」


 久利生が真っ赤になって反論するが、土岐の勢いは止まらない。


「ずっるいんだー! アッタシも混っぜて、よーぅー!!」


 どーんと体当たりする格好で、土岐が2人のもとへダイブした。まともに正面から受け止める格好になった創平は、


「……もう、土岐さん。酔いすぎだから。ほら、肩がでちゃってますって」


 淡々とした態度で諫めるが、すでにデキ上がっている土岐の耳には届かない。素知らぬ顔で2人のあいだに潜り込み、「くふふ~」と満足げに息をついた。


 創平が呆れ顔で、小さくため息をつく。


 久利生が「よかったら、どぞっス」とおしぼりを差し出した。彼女が創平と(というより異性と)2人きりでいるところを、土岐ですら初めて目にした気がする。きっと、周囲から浮き気味だった創平に気遣い声をかけた、といったところだろうが――


(まぁ、本音と建前は別なんだろうけどさ。くふふ)


 土岐はニンマリとほほ笑えんで「おっ、気が利くねぇ!」と親父くさい口調で礼を言った。


「んでんで? 2人そろって、なんの話してたの?」

「べ、べつに……会社の、こととか――」

「なんそれ。クソ真面目か」


 べったりと土岐にもたれかかられた久利生が、躰を萎縮させて口ごもる。土岐はふん、と鼻息を吐くと、


「創平くんはどう? 楽しんでる?」

「それなりに」


 創平は灰皿にタバコを押しつけ、素っ気なく答えた。ぶっきらぼうな言いぐさだったが、案外本当に楽しんでいるのかもしれない――どこか物腰が、普段よりも柔らかい印象を受けるからだ。


 土岐はニンマリ頬を緩めると、


「まぁ本社の打ち上げと比べたら、地味だと思うけどさ。これから長い付き合いになるわけだし――」

「なんですか、それ。前にも聞きましたけど」


 創平が苦笑して言った。久利生は2人へ新しい飲み物を用意しつつ、興味津々な様子で、


「なんか本社の打ち上げって、それだけでスゴそうな感じがするっスよね」

「うん。アタシも噂でしか聞いたことないんだけどさ。3年くらい前に創平くんがディレクションしてたヤツとかって、千葉のテーマパークに併設されてるホテル、貸し切ってやったんでしょ?」


 創平の脇を肘でつつきながら、土岐が酔眼で質問する。久利生が「なぬ!?」と身を乗りだして、


「ハイハイ! それって、『ラスト・ファンタズム2』の話っスか!?」

「そだよ。業界ではちょっとバズったんだよねー」


 創平は困ったように頬を掻きながら、


「いや、あれは……研究開発期間を含めて、バカみたいに時間がかかった弊害って言うか……打ち上げって、関連部署や外注にも声をかけたりするじゃないですか。そうすると人数が多くなりすぎちゃって、普通の場所じゃ入りきらなかったってだけですよ」


 またまたぁと、土岐が顔の前で手をふった。


「余興もスゴかったって聞いてるよ。えーと、なんて言ったっけ……そーだ、エンディング会」

「なんスか、それ?」 

「なんかね、〆の挨拶の代わりに、そのゲームのエンディングとスタッフロールをさ、みんなで一緒に鑑賞とかしちゃうんだって」


 久利生が目を輝かせながら、胸に手をあてる。


「うわ、ロマンティックゥ……! そんなことされたら、一生の思い出になっちゃいますよね。わたしだったら、ぜったい泣く自信があるっスもん!!」

「だよね! ちょっと厨ニ臭いけどさ、実際目にしたらこみ上げてくるモノがあるって、アタシだって思うもん……ったく。本社の連中ときたら、やることなすこと、いちいちシャレオツだったりゃありゃしないんだからなー、もー!」


 創平は2人の会話を聞きながら、タイミングを見計らって言葉を差し挟む。


「業種によっては、自分が創ったものを最後まで見届けられないスタッフだっているでしょう? アレは、そういうヒトに対して配慮しただけであって……って、ダメだ。2人とも聞いてないし」


 創平は本日何度目になるか分からないため息をつくと、勝手に盛り上がる乙女たち(?)を尻目に、新しいタバコへ火を点けた。

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