#29 ちょっと小休止
「う、ぉおおぁあ、足が……ってか、腰もなんか、こうっ…………!」
「10店舗くらい? けっこう回れたよね」
同日の夕方。池袋サンシャインシティの中ほどにある喫茶エリアで、2人は何度目かの小休憩をとっていた。
円形の小さなテーブルへ、久利生が突っ伏すように倒れこんでいる。創平はというと、今日撮影した画像データをクラウドからタブレットに落としこみながら、コーヒー片手にのんびりとプログレスバーが伸びていく様を眺めていた。
「――いやぁ、こうして並べて見ていると、ゲーセンにはいろんな年代や職業のヒトが立ち寄っているのが一目でわかるよね」
創平が熱いコーヒーをずずっと啜る。久利生はむっくり起き上がると、首を伸ばしてタブレットを覗きこんで、
「そっスね。平日でも親子連れとか、カップルとか、何故かサラリーマンまでいましたし」
「来客者のニーズはほぼ共通してるように感じたけど、どう思った?」
「時間つぶし。遊ぶのが目的じゃないんだろうなーって思ったっス」
久利生が恐る恐るといった具合でコーヒーへ口をつける。猫舌なのか、冷めるのを待っていたのかもしれない。
窓の外は夕闇が押し迫り、なんの成果も得られないままロケハンも終わりを迎えようとしている。創平は考える事に夢中になって、しばらく前から極端に口数が少なくなっていた。
そんな創平を気遣うように、久利生がおもむろに、
「うーん、どうしたもんスかねぇ。もうちょっとだけ、どっかに――」
「状況が停滞したときに、打開するコツはね――」
2人の会話が正面衝突する。お互いに苦笑し合うと、久利生が「どうぞ、どうぞ」と手を差し出した。創平は目線で断りをいれ、懐からタバコを取り出して火をつけると、
「こういう時はね、何を考えるかをまず考えてみることが重要なんだ」
「なにを、かんがえる、か……?」
久利生が小首をかしげて言う。相手が自分の言葉をただ繰り返しているときは、ほとんどの場合認識が追いついておらず、思考が停止している状態だと創平は考えている。要は脳のメモリ不足みたいなものだ。
創平は旨そうにタバコの煙を吐きながら、
「まぁ、偉そうなことを言っても、僕だって取っ掛かりが見つかってないからさ。スグに答えが示せるワケじゃないけど。良く分からなかったら、気にしなくていいよ」
「はぁ」
久利生が気の抜けた返事を返した。
誤魔化すように会話を切り上げた創平だったが、何とはなしにアタリの検討はついている。今回のケースだと、『どういったヒトをターゲットにすべきなのか』が、とにかく不明瞭のまま放置され続けているので、恐らくここが突破口になるはずなのだ。だからこそ、なにか思いつきが生まれれば、あるいは――
創平はタバコを限界まで短く吸いながら、ぼんやりと思考の網を手繰っていく。ふと自分に注がれる視線を感じ、意識の焦点を合わせると、久利生がじっと自分へ視線を注いでいたことに気づいた。
視線が交差した創平は、はにかむように少しだけ表情を綻ばせると、
「だけど、今日はホントに助かったよ。勉強になった。ゲームセンタの見方もガラッと変わったし」
「ホントっスか? そう言ってもらえたら、わたしも嬉しいっス」
嬉しそうに久利生が笑って、何気なく手元のパンフレットに手を触れる。創平も視線を落とす。『殺人マンションからの脱出』――とある店舗で大きなスペースを割いて公開されていた、脱出ゲームのガイダンスだった。
そういえば、とまたもや創平の思考が宙へ飛んだ。
脱出ゲームを主軸としたリアルイベント系のアトラクションが、近年(といっても2010年以降になるが)ゲームセンタと併設・または同設されているケースがあることを、今日まで創平はまったく知らなかった。
お互いにどんなメリットがあるのだろう? 同様の事例を今日だけでも複数目撃していたが、創平にはそれがサッパリ理解できていない。
収支や費用対効果はどれほどなのか、時間があるときにでも調査してみたいと思っているのだが、土岐に相談すれば誰か担当者なりを紹介してもらえるだろうか――
「あ、そういえば」
久利生がパチンと手を打って、テーブルから身を乗りだす。
「
「敢えて過去形を使ったってことは、いまは落ち目なの?」
見透かしたような即答に、久利生が苦笑で応えた。
「えへへ。その通りっス」
「VRってさ。実は90年代からゲーム業界で商品化されてるんだけど、知ってた? まぁ、あんまり普及はしてなかったんだけど」
「へー、知らなかったっス。なんで流行らなかったんだろ? 遊ぶハードルが高いからっスかね」
「それもあるけど、僕は未経験者が体験を共感しにくいことが根幹だと思ってる」
「共感……っスか?」
「バズるのが難しいって訳してもいいよ」
創平は微笑み、腕時計に視線を落とすと、
「まだ定時にはちょっと早いから、これから寄ってみる?」
「合点っス! さ、早く行きましょう!!」
久利生は冷めたコーヒーをズゴっと飲み干して、勢いよく席から立ち上がった。
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