#30 感じるな、考えるんだ

 喫茶エリアから歩いて5分。


 サンシャインシティ二階のエスカレータをあがってスグの場所に、久利生が話していた目的の屋内テーマパークは併設されていた。


 夕方のためか、入り口付近には創平たち以外の客足は見られない。ただ、施設の奥からアトラクションの音と人の声が入り混じった叫声が響いてくることから、客足があるだろうことだけは窺える。


「遊部さん、こっちこっち」


 チケットを購入していた久利生の手招きに応じて、創平はゆったりと入場ゲートを通過していく。入ってすぐにエントランスの施設マップがあり、どうやら目的のVRアトラクションはいちばん奥まった場所にあるらしいことが分かった。


 久利生が創平の隣まで近寄ると、


「んで、どうします?」

「とりあえず、さっき話題にあがったアトラクションに行ってみようか。閉演までもう余裕がなさそうだし」

「了解っス」


 創平は歩きながら、ざっと周囲に目を配っていく。想像していた以上に客足が鈍く見えるのは、平日だから――といった理由だけではないだろう。施設の規模に反してパーク内の常駐スタッフの数が少ない印象もあり、どことなく哀愁が感じられる。


 ただ、目当てのVRアトラクションは、かつての目玉コンテンツという威厳を見せつけるように、今をもって数人の行列ができていた。最後尾にいた学生グループの後ろへつづくように、創平たちも列に並んで順番を待つことにする。


 自分そうへいたちを除いて、待機列には若い客層しか見当たらない。談笑している声を盗み聞くかぎり、どうやら全員がアトラクションの未経験者であるらしい。


 20分ほど待つと、ようやく創平たちの順番になる。創平は渡されたゴーグルとハンドデバイスを手早く装着すると(さて、どんなものやら)と期待半分にVRを起動させ、ゲームへと没入していった。



◇◇◇



 アトラクションは簡潔に言うと、ありきたりなマルチプレイ型のガンシューティングでしかなかった。部屋の四方から出現するゾンビの群れを撃退しつつ、VR空間内に構築されたサンシャインシティからの脱出を目指していく。テーマや演出も、昔からよくある使い古されたものだった。


 15分ほどでゲームは終了し(余談だが、ハイスコアプレイヤは久利生だった。彼女がいなければ、おそらくクリアできなかっただろう)、各々がプレイルームから退出していく。 


「なんか、思ってたのと違ったよね」

「期待ハズレっていうか、この虚無感を何と表現すればいいか……むーん」


 創平と久利生が、揃って首をひねる。それは相席していた他のグループも同じだったらしく、彼らもまた異口同音に不満を囃し立てていた。


 その後ろ姿を見ながら、創平はひとり思考する。



 ――欲求ニーズは行動に現れる。



 なぜ、彼らはこのアトラクションにやってきたのだろうか。待機列での会話を盗み聞きしていたかぎり、それはと聞き、なにかを期待していたからだ。


 では、彼らの期待した『ナニか』とはなにか。仮説でしかないが、おそらくそれはという欲求ニーズではなかろうか。



 以上をふり返って、創平はさらに考えを深めていく。まったく意外なところから、初代ユーフォー・アタックのコンセプト――ワクワクするような未知の体験に触れてみたい――に近しい感情を見つけたことで、何かとっかかりを得られそうな予兆がしている。


(なんだろう、この感じ……あぁ、もどかしい。タバコを吸えば、すぐに答えが見つかりそうなのに…………)


「ごめん、久利生さん」


 突然の創平の言葉に、久利生が驚いたようにふり返った。


「え、なんスか急に? どうかしたっスか?」

「僕、これからちょっと外に行ってくるから」

「……へ?」


 久利生がポカンと口を開く。聞き間違いだと思ったのだろうが、とうの創平が足早に出口へと向かうのを見て、慌てて後を追いかけていった。



 外は既に日は落ち、夜になっている。ノンストップでずんずんと歩く創平の背中に向かって、久利生が荒く息づかいながら、


「ちょっと、遊部さん。いったいどうしたっていうんすか? はぁ、はぁ……トイレだったら、さっきのビルの中にだってあるっスよ!?」

「空」

「え? あ、そら?」

「いま、どうしても空が見たくって」


 ふり返った創平が、天に向かって指をさす。つられて久利生も見上げるが、辺りの照明が強すぎて、ここからでは星一つ見ることができない。


「……? べつになんもないっスけど――」


 久利生の声を何とはなしに聞き流して、創平は映画『未知との遭遇』――正確には、ヴィルモス・スィグモンドのカメラワークを思いかえしていた。


 自分が生まれる前に撮られた古い映画だったが、あの映像美センスは凄まじいものがあった。空からUFOが登場するシーンなんて、現代でも通用する演出手法だと思う。


 創平が初めてあの映画を鑑賞したのは、たしか小学生のころだったはずだ。見終えたその日からしばらく、空に瞬く星を見るたびに胸が高鳴ったものである。あの画面構成は芸術そのものだった――のちの仕事ゲーム制作にも大いに参考にさせてもらったことを、ふと思い出す。



 そんなことをぼんやりと考えながら――



 創平は、つっと夜空に手を伸ばした。




 ――あの空からUFOが現れたら、どれだけ世界は驚愕するのだろう、そんなことを考えて。





 ふいに創平の思考が冴えわたっていく。自分は今までなにを悩んでいたんだろうと不思議になるくらい、目の前がひらけて見えた。



 これが答え? ――そう、そのとおり。

 真実ホントウに? ――これ以上のアイデアなんてあるわけないさ。

 その根拠は? ――だって誰もやったことないじゃないか。




 でも、それって自分の主観でしょ?




 黙れ!!!!!!




 考えるほど雑念が沸き起こり、ともすれば感情に流されそうになる自分の思考を叱咤する。



 とことん思考を深くしろ。――





 漫然と身じろぎをせず、深呼吸を繰り返す創平を見て、久利生はためらいがちに声をかけた。


「あ、遊部さーん? あ、あの……ダイジョブっス、か? その……」

「……ちょ、ちょっと待ってね すぐ…………ときどき、こういうことがあるんだ、僕は…………」


 創平は大きく息を吐くと、不安そうに自分の背中へ手を回していた久利生に片手をあげて、問題ない旨を伝えた。



 そして――ゆっくりとふり返る。息も絶え絶えに真っ青な創平の顔には、なぜか会心の笑みが浮かび上がっていた。

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