#27 仮説の作り方

 久利生が驚いた様子で喉をコクリと鳴らした。


「プランナ視点でユーフォー・アタックをみた場合――」


 創平は両手を組み、前傾するような姿勢をとると、


「まず、もっとも特徴的な部分は、それまでゲームに関心がなかったヒトたちすら惹きつけた、ゲームデザインの妙にあるって言われてるよね」


 居住まいを正した久利生が、うんうんと無言で首肯する。


「当時の一般的なコンピュータゲームって、言ってみればタダのでしかなかったんだけど――」

「そっスね、ブロック崩しとか」

「うん。実にノンビリしたものばかりだったんだ」


 創平が少しだけ微笑むと、音もなく稼働し続けるユーフォー・アタックの筐体へ視線を向けた。


「でも、ユーフォー・アタックは違う。ゲーム史上初めて、CPUキャラが隊列を組んで、ユーザに向かって攻撃してくるんだ。つまりスリリングだったってわけ。今のゲームじゃ当たり前のことだけど、想像してごらん。コンピュータが操作する敵が、自分を倒そうと大群で押し寄せてくる――当時のヒトにとって、それは驚異的な体験だったんじゃないかな」


 創平の横顔を見ながら、久利生が嬉しそうに笑い返した。手元のスクラップブックに目を落とすと、


「だから、みんなが夢中になって――」

「世界中で大流行したんだろうね、きっと」


 後ろ手になって創平が頷く。久利生が背筋を伸ばし、勢いよく挙手した。


「はい、先生! 質問っス!!」

「どうぞ、どうぞ」


 久利生は創平の膝上に置かれたメモパッドを指さすと、



*************************************


■誰に? 

……未来の技術に夢を馳せる男性。16~24歳、独身。正規/非正規雇用者。


*************************************



「この、ターゲット像の部分なんすけど。独身とか、年齢とか……非正規雇用者ってバイトのことっスよね? これって、いったいどこから――」

「あぁ、それはね」


 メモパッドを久利生が見やすい位置に置き、創平は顎をさすると、


「まず、男性ユーザに絞った理由はカンタンだけど、写真にまったく女性が写ってなかったから。独身なのも、もちろん根拠だってある。レバーを握ってる手元の接写が、幾つかあったよね。ほら――」


 手元のスクラップブックを開き、該当する写真を2人で覗きこむ。


「左手薬指に指輪がないでしょ?」

「わっ、ホントだ」

「ほかにも理由はあるけどね。1978年の平均年収って、260万くらいなんだけどさ」

「ぇ? ……えっ!? 少なっ!!」


 声高に久利生が身を起こす。視線が交差して、創平が目尻を下げた。


「ユーフォー・アタックに限らず、アーケードって昔から1プレイ100円だったでしょ。妻帯者だったら、そんな浪費はまず許されないんじゃないかなぁ?」


 おぉ、なるほど、と久利生が力強く頷いた。


「そっか。雇用者って表現したのも、自分で稼ぐ手段があるってことを言いたかったんスね。バイトができるのも16歳からだし」

「そうそう。当時の新聞にさ、学生をゲームセンタに入れないようにしようって、条例案の記事を見つけたんだ。これも未成年に人気があったって証拠みたいなモンでしょ?」

「24歳を上限にしたのは、どうしてっスか?」

「内閣府が発表している年代ごとの平均婚姻年齢が、1978年だと25歳だったから。これは誰でもネットで見れるよ――独身に絞ったら、そのくらいが妥当かなって」


 創平がノートPCのディスプレイを向ける。そこにはしっかり厚生労働省がまとめた該当ページが表示されていた。久利生は降参とばかりに両手を挙げて、笑いながらソファに倒れこむ。


「はー、すっご! 遊部さん、いつもこんなこと考えながら仕事してるんスか?」

「ゲームデザイナだったら普通、普通」


 澄まし顔で創平が微笑む。そして、メモパッドやスクラップを脇にどけると、


「ただ、このコンセプトだと、いまの市場じゃなんの変哲もなくて、導線フックにすらならないだろうね」


 久利生が勢いよく躰を起こして、若干乱れた長い金髪に両手を走らせる。


「確かに。そうそう上手くはいかないかぁ。納得できる仮説は見つかったけど――」

「まぁ、当時の情景をイメージできただけ、良しとしよう。現代のユーザにも受け入れられるコンセプトの転換を、早いトコ考えないと……」


 腕を組み眉根を寄せる創平に、久利生がおずおずと声をかけた。


「あ、あの、遊部さん」

「うん?」

「アタシ、ひとつ提案があるんすけど……」

「なに?」

「えっとですね……ぅひひひひひひ」


 顔を伏せた久利生が、唐突に含み笑いを漏らす。


「あの。よかったら明日ですね、アタシと一緒に――」 

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