#25 考えるということ
「まぁ、ターゲットが明確で、かつ、そのニーズを100%満足させるアイデアを実装できたとしても、その程度でミリオンヒットが出せるくらいなら、なんの苦労もいらないけどね」
創平は少しだけ口調を柔らかくすると、苦笑を浮かべた。久利生が小首を傾げて、
「ん? えっと…………どうしてっすか?」
「どうしてだと思う?」
唐突な質問返しに、久利生がフリーズしたように躰を強ばらせる。とっさに視線を外したのは、彼女が思考を働かせていなかったことを示す行動だろう。
考えることは最も過酷な仕事である。
手ほどきはしてやるが、答えは
そうした想いが通じたのか、久利生は暫くして、
「も、もしかして、っすけど……」
おそるおそる、といった調子で顔を上げる。
「絶対数を……か、考えてないから……?」
「うん。その通り」
満足げな創平の言葉に、久利生はほぅっと安堵の息を漏らした。
「ターゲットが全員購入したとしても、その市場規模が小さかったら、利益も少ないのはまぁ当然だよね。『誰に』『どんな体験を与えるか』をワンセットで考えなきゃいけない理由は、詰まるところそういうことなんだ」
創平が居住まいを正して、音もなく動き続ける筐体へ視線を向ける。
「土岐さんが今回、企画を通過させなかったのは、しごく真っ当なジャッジだったんじゃないかな。コンセプトが不明確な企画なんて、提案者の願望をただ提示しているだけ――飛行計画も無しに、ジャンボジェットを飛ばしたいですって言ってるようなものだから。久利生さんだって、そんな無謀な取り組みに『お金だすから乗せてください!』なんて思わないでしょ?」
久利生は思わず苦笑した。創平は頭を掻いて、
「っとまぁ……ちょっと喋りすぎちゃったけど。他になにか質問ある?」
「いえ。すっごい参考になったっス!」
「それはよかった。じゃあ、ようやくになっちゃったけど、本題に戻るとして――」
唐突に、創平は何かを考えるしぐさを見せた。軽く目をつむり、リズムをとるように爪先をトントンと床に打つ。久利生が様子を伺っていると、創平はゆっくりと顔を上げながら、
「土器さんから提示された条件でゲーム企画を検討する場合、コンセプトの他にも、考えないといけない問題があるよね」
「期間的なことっすよね」
「そうそう。コンシューマは絶対ムリだから、無難に考えるなら、自社パブできるコンテンツに限られるんだけど」
ふんふん、と久利生が相槌をうつ。
「手軽なのはさ、ウェブブラウザで遊べるようなゲームだよね……ただ」
「……ただ?」
「会社の強みがぜんぜん活かせてない」
創平は腕組みをして、口をキュッと結んだ。今回の企画テーマは自由度が高いように見えるが、つき詰めて考えるほど、とれる選択肢の少なさが目につくようになる。実際のところ、創平は行き詰まりを感じ始めていた。
「トーアの看板タイトルなんだから、初めて企画の話を聞いたとき、僕はアーケードも視野にいれて良いんじゃないかなって思ったんだ」
「アーケードの開発って、それこそ数年がかりのプロジェクトになるっすよ」
「ゲームセンタへの流通も考えた場合は、ね」
創平の反論の意図が掴めなかったのか、久利生が小首を傾げる。
「単なる思いつきだけどさ。少し前に、過去のハードやアーケード筐体を小型化させて、複数のタイトルを同梱させた『ミニシリーズ』って流行ったじゃない。ああいう取り組みだって、ゲーム企画の内に入るから、選択肢の1つになりえるはずだよね」
創平は説明しつつも、(この手は無いな)と早々に見切りをつけていた。自分にとって未知のハード、しかも行き当たりばったりなプランニングだ。予算超過は火を見るより明らかだろう。
一方、久利生は目をキラキラさせて、
「たしかに! ちっこいユーフォー・アタック筐体とか、めちゃくちゃ可愛いかも!!」
「……あ、そう? だけど、これがウケそうだっていう感触は、やっぱり僕たちの主観でしかないからさ。ぜんぜん説得力がない。まぁ、だからこそ角度を上げるために、とっととコンセプトを定めたい……んだけど」
創平が答えながら、徐々に顔をふさぎ込む。久利生が下から覗きこむように、
「遊部さん、なんか悩んでます?」
「まぁね。なにしろ相手は、僕たちが生まれるずっと前にリリースされたタイトルだから。なんで世界的にヒットしたのか、これがさっぱり分かってない」
創平が深々とため息をついた。
「あぁ、だから、その理由……じゃなくって、コンセプトか。それを探ってみようってことっすね!」
じゃあ、と手を叩いて、勢いよく久利生が立ち上がる。そのまま鼻息あらく、書棚へ走ろうとして――愛想笑いを浮かべながらふり返った。
「あ、あの……遊部さん。コンセプトの分析って、なにから手をつけるべき、なんすかね?」
エヘヘと笑ってごまかす久利生に、創平は無意識に苦笑を返した。
「いきなり実機は触らないよ。そうだな――基本は『誰に』から探るべきじゃない? 当時のユーザの姿がわかる資料とか、あると嬉しいんだけど」
「んー、それだとデータより……あ、もしかして、写真のほうがイイとかあるっすか?」
「あ、それスゴくいい。当時の写真があったらベストなんだけど」
「ラジャっす! ちょっと待っててくださいねー!!」
久利生が嬉しそうにうなずくと、パタパタと書棚に向かって駆け出していく。その後ろ姿を見送りながら、創平は無意識にポケットの中のタバコに手をやり――頭を掻くと、久利生のあとをゆっくりとした歩調で追いかけていった。
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