#24 創造はコンセプトから始まる

「ちょうど良い機会だから、久利生さんにもレクチャしておこうか。コンセプトの理解は、プランナの基本でもあるし、いろんな仕事に活用できるから」


 久利生が隣に腰を下ろしながら、おずおずといった様子で、


「あ、あの、すっごく嬉しいんですけど……その、お時間は大丈夫っすか?」


 気遣いつつも嬉しさを隠せないのか、表情を綻ばせて質問する。


「たぶん問題ないよ。シンプルだから、勘が良ければすぐ理解できることだし」

「うわっ、プレッシャ」

「頭が固いと、生涯納得ができないかもしれない」

「若さには自信があるっす」

「それは関係ないけど……まぁ、なんとなくでも知っておいた方が、今日の作業も捗るんじゃないかな。そっちの方が、僕としても助かるし」


 創平は持ち込んでいた電子メモパッドを、自分の膝上に置いた。久利生がそれを興味深げにのぞき込む。


「コンセプトの要件だけど――この『誰に』は顧客ターゲット、『どんな体験を与えるか』は便益性ベネフィットのことね――この2つはセットになって、初めて意味が成立するものなんだ」


 創平はパッド上に単語を書きながら、


「久利生さん、ボツになった企画書は読んだ?」

「うす。ぜんぶ」

「じゃあ、思い返して欲しいんだけど。あの中で、どんな人を対象に、どのような体験を与えるかまで明記していたものって、どれくらいあったか覚えてる?」

「……えーっと」


 久利生がチラリと創平を盗み見る。しばらく考え込むような素振りを見せたが、意を決して、


「一応、どれにも記載が、あった、ような? 片っぽだけってのも、ありました、けど……」


 その答えに、創平は優しく頷いた。他人そうへいの顔色を窺いながらも、ハッキリと自分の考えを伝えた久利生の姿勢は、十分に評価できるものだったからである。


「うん、そう。そうなんだ。厄介なことに、どの企画書もソレっぽいことが記されていたんだよね。ただ、その内容が不明瞭だったり、一義的でなかったんだけど」


 そう言って、創平は新たに『25歳、ゲーマー』という単語をメモパッドに追記した。


「この単語で、久利生さんはどういったお客さまの姿をイメージした?」

「普通にフリータとか」

「国籍は? 収入源は? どんなライフスタイルを送ってるの? 幾つハードを持っていて、どんなジャンルのゲームを好むんだろう?」


 怒涛の質問に、久利生が「うっ」と言葉を詰まらせる。


「とまぁ、こんな具合にね。受け手によって実像がバラつく注釈なんて、無意味どころが害悪でしかないんだ」


 創平は眉をしかめて、スタイラスをメモパッドに打ちつけた。


「ゲームに限らず、なにかを創造しよう思ったときは、まず、誰に対して作っているモノなのかを明確にしないといけない。そうじゃないと、中身……ゲームであれば仕様なんだけど。その内容が正しいかどうかなんて、判別できないから」

「あっ、そっか。だからさっき『2つはセット』って言ったんすね」


 久利生がコブシを「ポン」と手のひらに打ちつける。


「『どんな体験を与えるかベネフィット』だって、ターゲットが定まってないと――」

「検討なんかできっこない」


 創平は相づちを打ちながら、さらに『今まで見たこともない爽快感が得られます!』という一文を、先ほどのメモの下に追記した。


「これ、実際に企画書の中にあった一文なんだけどさ。ターゲットも不明瞭なうえに、具体的にどんな体験が得られるのか、さっぱりイメージできないよね」


 そう言って文章を斜線で消しつぶす。創平はまったく不愉快だった。これを提案したプランナは、どういった思考回路をしているだろう。『見たこともない爽快感』――そもそも日本語の表現として間違っていることに気づいているのだろうか、と。


 久利生の視線を感じ、創平は気分を鎮めるよう軽く一息つくと、


「コンセプトは、まずターゲットを明確にする。そして、便益性ベネフィットを見つけるためにも、定めたターゲットが抱える欲求ニーズを探ることが重要なんだ」


 久利生が興味深げに、黙ったままフンフンと相槌を打つ。


「あのボツの山を見るかぎり、ちゃんとした企画立案の『型』が、トーアには今まで無かったんじゃないかな。これまで、コンセプトって言葉を、なんとなく使ってきたんじゃない?」

「そ、そうっすね。アタシの場合、みたいにフワッと解釈してたっす」


 創平が盛大にため息をついた。


「……久利生さんの先輩にあたるプランナたちも、よくそれで仕事できてたよなぁ。まぁ、会社に地力があったから、今まで誤魔化せてたのかもしれないけど……」


 肩身が狭そうに久利生が俯く。創平は後ろ手で躰を支えると、


「兎に角。コンセプトの考え方は、会社によって多少の違いはあれ、本質は変わらない。少なくとも、個人レベルで勝手に定義するような概念じゃないってことだけは覚えておいてね。そうすれば――」


 チラリと視線を送った久利生が、思わず息をのむ。創平は相変わらず無表情のままだったが――


「『見る』以上にヒトの本性が知れて、『話す』よりナニを考えているかまで、掴めるようになるからさ」


 ――どうしてか、ように思えたからだ。

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