5章 創造はすべてコンセプトから始まる

#23 ボツになる理由

 土岐から企画提出を打診された翌日、火曜の昼下がり。


 蛯名開発センタ1階にある受付から階段を昇り、来客者向けの打ち合わせルームを抜けた先――今では誰も寄り付かない一角に向かって、久利生と創平はゆったりと歩いていた。


 リノリウムの床がこつこつと音を立てる。うす暗い廊下の突き当りに、両開きの大きなドアが見えた。ドアプレートを確認した久利生が、壁面にあるテンキーを操作して開錠すると、まっ先に室内へ入っていく。



 蛯名開発センタ、第一資料室。



 創平も続いて入室したものの、中は光源一つ無い真っ暗闇だったため、中の様子を伺うことはできない。ただ、電子機器特有の匂い(プリント基盤の酸化防止フラックスが気化したものだろう)がうっすら感じられるだけだった。


 暫くじっとしていると、入り口から奥へむかって次々に照明が灯っていく。


 資料室の中は創平の想像よりも、ずっと大きなフロアだった。小学校にある体育館の半分くらいはスペースがあるだろうか――ラウンドソファが中央に配置されており、それを囲う四方の壁面にはズラリと『ユーフォー・アタック』に関する様々な資料が展示されている。


 久利生がキョロキョロと周囲を見渡しながら、創平に近づくと、


「電気は点きましたけど……なんだかうす暗いトコっすねぇ」

「蛍光灯が古くなってるからじゃないかな。ほとんど使われてなかったみたいだし。ほら、ホコリがこんなに――」


 照明と併せて通電された展示物の筐体の画面上には、集客アドバタイズデモが音もなく表示されている。創平が表面を軽く払っただけで、画面にはくっきり指の跡がついた。


(年単位で放置されてるな、こりゃあ……)


 創平は周囲に目を配りつつ、指の汚れを拭いながら、


第三者TPS視点のホラーゲームでさ、こういうシチュエーションのエリアマップって、けっこう目にしない?」

「おっと、遊部さん……女子がみんな怖いのニガテ系だって舐めてません? えっへっへっへ。ご期待に沿えなくて恐縮っすけど、アタシその手の話は大好物なんで。全然ヘッチャラっすよ」


 創平はふむ、と腕を組むと、


「話題になってる海外ホラゲの新作って、もうプレイした?」

「……へ? 先週末に発売されたヤツっすよね。いや、どこも売り切れちゃってたんで、昨夜ダウンロード版を購入したっす。帰ったら早速プレイするつもりっすよ。遊部さんもやってんすか?」

「うん。けっこう面白かったよ。特にヒロインが黒幕だってオチは最高だった」

「んなっ!?」


 久利生が目を見開き、手荷物をドサドサと落とす。


「ヒドイ……なんでそんなことネタバレ言うの……?」


 創平が真顔のまま、くるりと背を向ける。肩が微妙に震えているのは、笑っているからだろうか――久利生は「あっ」と肩を怒らせると、


「もうっ! 遊部さん、いまのウソでしょ!? 幼気な後輩を弄って楽しむなんて、先輩としてどうかと思うッスけど?」

「いやぁ、ゴメン……こんな簡単に引っかかるって思わなかったからさ……っぷ……そんな顔しないでよ」 


 創平が両手をあげて、降参するようなポーズをとる。久利生は鼻息荒く床に散らばった荷物を拾い集めると、すこしだけ険を含んだ声で質問した。 


「ったく、もぅ……こんなトコまで来て。遊部さん、なにか見たい資料モノでもあったんじゃないんすか? それか、実機でも試遊したいとか――」

「いやいや、そういうんじゃないよ」

「アレ? それじゃあ……」

「企画のコンセプトをね、見つけるキッカケを探そうと思ってさ」


 久利生が韻を踏むように「こん、せぷ、と?」と首をかしげる。創平はソファに向かいながら、背中越しに、


「久利生さんはさ、どうして土岐さんが、イベント企画案をすべて却下したんだと思う?」


 突然の質問に、久利生がしどろもどろになりつつも、


「えっと。それは……その。お、面白くなかったり、斬新なものではなかったから、とか……」

「僕はね、面白いとか詰まらないとかの基準って、個人の主観でしかないと思ってるよ――あ、これは前にどこかで言ったかな。ちなみに、斬新って言葉は一義的じゃないから、企画職は使わないほうが無難だね」


 創平は歩くのを止めずに、ただ諭すように注意した。久利生が萎縮しないよう配慮したのか、普段よりもゆったりした口調である。


 室内中央のラウンドソファまで来て、創平は数歩後ろにいた久利生にふり返りながら、


「ボツになった要因だけど。まず間違いなく、提案されている企画内容アイデアに対して、土岐さんがコンセプトを見いだせなかったからだろうと、僕は推測している。簡単に言うと――『誰に』、『どんな体験を与える』のか。それがハッキリしなかったからだと思うんだ」


 久利生は一拍置いて、コクンと喉を鳴らして頷いた。その態度はまるで、言葉を咀嚼したかのように創平には見えた。

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