#17 近頃のゲーム業界ときたら
新百合ヶ丘駅に到着するや否や、もはや小田急線の名物ともいえる電車遅延のアナウンスが、ホームと車両のスピーカから異口同音に流れ出す。
土岐と久利生は顔を見合わせると、そろってため息をついた。2人とも生粋の小田急ユーザであり、この程度は
不快感へ追い打ちをかけるように、開けっ放しのドアから屋外の熱気がどっと押し寄せてくる。久利生はウンザリした顔で立ち上がり、備え付けのカーテンを下ろすべく窓枠へ手を伸ばした。
そこへ、
「ねぇねぇ、クリボー」
「はいはい、なんっスか――ふんっぬ。
「苦戦してるとこ悪いんだけどさ。おまけに、さっき偉そうなこと言っといてなんだけど。本社の当期リリースタイトルって、実はリメイク作ばっかりだった? アタシ、数字以外はとんと疎くってさ」
ペロリと舌をだした土岐が、おどけた調子で質問する。久利生は呆れ顔に苦笑を半分交えながら、
「それもありましたけど、今回は新規IPが……たしか3本だったかな? リリースされてたハズっスよ」
「じゃあさ、本社で売れたヤツっていうのは、つまるところ――」
「人気IPの続編。いわゆる『ナンバリング』ってことになるんじゃないっスか?」
カーテンを下ろすのを諦めた久利生が、赤くなった指先をさすりながら腰をおろす。
「まったく。近ごろのゲーム業界ときたら、つまんなくなったもんだねぇ。世界中どこの市場を見わたしたって、リメイク・移植・コピー商品しか作ってないんだもん」
土岐が自嘲気味に鼻を鳴らす。そのまま躰を力いっぱい
(――つっても、アタシたちだって、同じ穴の狢なんだよなぁ)
彼女たちが所属するトウア社も、過去にヒットしたゲームのリメイク(もっと卑屈に表現すると『出がらし商品』)ばかりを、ここ暫くは開発している状況だ。そこから得られた僅かな利益ですら、次のリメイク作の開発資金に消費されていく始末である。
厄介なのは、この一連の流れを、トウア社の誰もが疑問に思いつつも異論を挟まないことだ。
もちろん、ワンミスが命取りになりかねないほど開発費が高騰した現在では、どの企業もリスクを避けたがるのは当然である。数十億から数百億もの開発資金をつぎ込む覚悟と体力がなければ、新規IPすらまともに作れない市場なのだから。
そんな過酷な環境であってさえ、
顧客だって娯楽にさける可処分所得が低下した昨今では、『確実に面白い』であろう商品にしか購入意欲をたぎらせないでいる。生産者の考える『売れる確率の高い商品』と、消費者が望む『面白さの確約』を備えたゲーム――それすなわち、ナンバリングタイトルに他ならないという論理的帰結は、シンプルがゆえに覆しがたく、ゲーム業界の閉塞的な状況を後押ししているとさえ言えるだろう。
「そういえば、今日の説明会。企画コンペの結果発表も、あったじゃないっスか」
「……え、あ、あー、そうそう。今回も通過案件はなかったよね」
物思いにふけっていた土岐が、一拍遅れて返事をした。
「遊部さんとか参加しなかったんスかね」
「どうなんだろう? そもそも興味なさそうだけど……『僕、遊んでる余裕があるように見えます?』とかって言いそうじゃない?」
妙にツボを押さえた物まねに、久利生が口もとを押さえて忍び笑いを漏らす。土岐は満足げに髪を掻きあげると、
「あれってさ、ダレが審査してんだろうね? 本社の執行役員以上のおっさんたちかな?」
「おっさんて。でも――なんか、物騒なイメージありません?」
「某・ゼーレみたいな感じの会議だったら、すっごいウケるよね」
久利生が小さく吹きだして、うんうんと相槌をうった。
「でもさ、ここんとこの企画コンペって、ぜんっぜん通過作がでてないじゃん。昔はさ、もっとこう、でるときはポンポンポーンって、通過作があったって聞いたことあるんだけど――クリボーはさ、なんでだと思う?」
「え? ぁ、う、えっと……」
唐突な問いかけに、久利生があわあわと口ごもる。
「あ、いや。困らせちゃったらゴメン。実はアタシもよく分かんなかったからさ。あとで創平くんにも聞いてみよっかな」
「そういや、遊部さんって今日はいらしてたんスか?」
土岐が「ん?」と小首をかしげた。
「クリボーは見なかった? いたよ、いたいた。朝もちょっと話したし。説明会が終わったら、なんか本社に書類を提出するんで、戻りがすこし遅くなるって言ってたかな」
へぇ、と久利生が小さく頷く。そのタイミングで、ホームから想定以上に早い運転再開のアナウンスが放送された。
土岐が腕時計に目を落とす。この調子であれば、蝦名に到着するまであと30分以上はかかるだろう。さてさて。お昼を食べるのは何時になっちゃうことか――空腹で鳴りそうな腹を抑えて、土岐は小さくため息をついた。
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