3章 栄枯盛衰のゲーム業界

#15 Case study:東亜洋行 株式会社

 遊部創平が出向した『東亜洋行 株式会社(通称:トウア社)』は、神奈川県蛯名市に社屋を構える日本企業である。



 設立は1949年。元々は個人が営む輸入商社だったが、純国産ジュークボックスの開発をきっかけにアミューズメント市場へ進出。時流に乗って経営規模を拡大していった結果、国内におけるコンピュータゲーム業界の草創記にも携わり、今日まで様々なプラットフォームでゲーム機用商品の開発・製造・販売をおこなう老舗ゲームメーカとして知られている。



 現在の主な事業内容は以下の通り。


  1.アーケードゲーム機器の開発・製造・販売・レンタル・メンテナンスサービス

  2.アミューズメント施設の企画・運営およびフランチャイズ事業

  3.家庭用ゲームの企画・開発・運営とその配信


 とりわけアーケード市場への取り組みが中核を担っており、70年代~80年代にかけて多数のヒット商品をリリースした実績をもつ。



 中でも注目すべき商品は、70年代後期に発表した『ユーフォー・アタック』だろう。本作はアーケード市場最大のヒット作としてギネス・レコードにも登録されており、ゲームに馴染みのうすいシニア層であったとしても、日本中に社会現象を引き起こした本作であれば、当時の熱狂ぶりを容易に思い起こせるに違いない。



 そうした同社も、90年代からは家庭用ゲーム――とりわけコンシューマゲームの開発に力を注ぐようになる。これまではせいぜいがアーケード商品のヒット作を移植する程度の取りくみだったものの、その戦略を一新し、IP(=知的財産)を自らの手で創造すべく独創的なゲームを次々と開発・発表していった。


 また、以前から推し進めていた新産業(通信カラオケやモバイル事業など)が同じタイミングで起動に乗り始めたことから、トウア社の経営規模はこの時分にピークを迎えることになったのだが――しかし、この状況を多くの投資家たちは『善し』とは判断しなかった。


 あまりに短期間のうちに多角経営を推し進めたことへの反発からか、懐疑的な見方をされるようになったのも、ある意味では健全な代謝と言えるだろう。


 ――決定的なミスもなく、そこそこのヒット作も生み出している。それ故の慢心があったのかもしれない。当時のトウア経営陣たちは、外部からのネガティブな指摘にいっさい耳を傾けず、既存戦略を維持するスタンスを表明。これ以上の事業拡大こそ控えたものの、従来どおりの指針を見直すことなく、淡々と邁進することを選択したのだった。

 


 そして2000年を迎え、トウア社の状況は一気に変化していく。


 ・次々と発表される次世代ハード機の研究費超過

 ・乱立する特許によって遅々として進まないアーケードゲームの開発

 ・ずさんな計画で雇用してきた人件費の高騰

 ・アミューズメント施設に適した場所の地価高騰

 ・国内景気の衰退

 ・消費税対策

 ・etc、etc――


 あらゆる内的・外的要因をともなった損失が計上され、採算の見込めないプロジェクトが複数露呈された結果、同社が経営不振に陥りかけていることが明らかになったのだ。


 それみたことか、と憤慨した株主たちによる激しい突き上げによって、ようやく重い腰をあげたトーア経営陣たちは、各地に点在するいくつかの事業拠点を閉鎖し、中央に人材を集めて立て直しを図ろうと決起するも、時すでに遅し――有効な手段でなかったことは、当時の四半期推移の業績結果をみれば容易に想像できるだろう。



 そして近年。


 生き残りの道を模索するトウア社に対して、業界最大手の『!nvite Holdings(通称:インバイト社)』がTOB株式公開買い付けにて買収することを発表。この結果、同社を取り巻く環境は新局面を迎えることになる。


 翌年、宣告通りにTOBを進めたインバイト社は、同社株式の93%を取得。東亜洋行株式会社を連結子会社として吸収することに成功した(なお、これに伴ってトーアの株式上場は同日付けで廃止されている)。


 その後、インバイト社の代表取締役がトウア社社長へ就任・兼務をはじめた結果、不採算事業に容赦のないメスが入ったのは言うまでもない。まず手始めに、業務用カラオケ事業を分社化して、他企業への譲渡によって撤退を表明。その勢いを緩めることなく、『インバイト社が主体となるトウア事業再編計画』を、取締役会で承認(創平風に表現すると屈服)させたのである。



 ――最後に、創平が出向した現在。東亜洋行株式会社は、インバイト社の連結子会社にまで格下げされ、その事業規模は最盛期の1/4程度まで縮小されていた。


 数十年前の栄華を知るものにとっては、ただただ、栄枯盛衰の儚さしか感じられない状況だろう。直近の官報を見るかぎりでも、昨今の業績が芳しくないことは、隠しようのない事実である。

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