2章閑話
#14_ext ナイショ話
「そろそろお開きですよね。お手洗いって、どっちでしたっけ」
「あぁ、レジの――そそ、あそこの角を曲がったとこ。行けばスグに分かると思うから」
ごゆっくりぃ、と手まで振って創平を見送った土岐が、ぎぎぎ……とゆったりした動作で振り返る。その瞳には怪しげな光――久利生は嫌な予感を覚えたものの、壁と土岐に挟まれた場所に座っているため、逃走経路は断たれた状況だ。
土岐は舌なめずりすると、
「――さぁて。創平くんがいないうちに、クリボーの事情聴取といきましょうか」
「は、はい? なんスか、土岐さ……うぅ、目が怖い。普段よりもっと垂れてません?」
「うっさい。で、で。どうだったんだい?」
「ど、どうって……なんのことでしょう……?」
土岐が薄ら笑いを歪めて詰め寄る。
「くっふっふ。キミってば、前々から創平くんが作ったゲームの大ファンだったでしょ?」
「は、はい。そ、それはそうっス、けど……」
「憧れのクリエイタとお話してさ、ほら――なんか、こう、グッとくるような展開とか、あったりとかなかったりとか……ねぇ。ぐふふふふふー」
「…………へ? あ……あぁあ。そ、そんなんじゃないっスから、わたし! 止めてくださいよ、もぅ!!」
ぷいっと顔を背けたが、耳まで赤く染まっているのが可愛らしい。土岐はさらに躰を寄せると、
「そういやさ」
「……は? ソイヤサ? ぁ痛っ」
「あ、ゴメン。なんか可愛かったから、つい手が……っじゃなくて。創平くんがさ、マスター前でドタバタしてたとき、すっごい落ち着いてデバッグ指南してくれたじゃない? で、ちょっと気になったもんだから、聞いてみたんだよ。『キミが経験した開発末期の劇ヤバ☆エピソードってなんだい?』って」
「それは確かに、ちょっと興味あるっスね」
露骨な食いつきに、土岐は奥歯を噛んで笑うのを堪えた。そして、
「創平くん、なんて答えたと思う?」
「……ぜんぜん想像つかないっスよ。
久利生は少しだけ考える素振りを見せたが、気がせいているのか、すぐにギブアップして話の続きを催促する。
「で? で?」
「タイトル名ははっきり言わなかったけどさ――まぁ、きっと『ラスト・ファンタズム』シリーズのなんかだと思うんだけど」
「あのシリーズなら、わたし、全部やってるっスよ」
「知ってる。で、たぶん二作目の北米版だと思うんだけどね。ローカライズの一環で、キャラの台詞を向こうの俳優さんたちにぜんぶ吹き替えてもらったんだって」
「その段階で、制作規模がスゴすぎるんスけど」
土岐も同意するように苦笑した。
「だけどね。その作業中に俳優組合が起こしたストライキに巻き込まれたらしくってさ。ボイス収録が遅れたせいで、発売予定日の一週間前とかにマスターアップしたんだって」
「ぅえ。考えただけで、気分が悪くなりそうっスね」
久利生が腹を押さえて、気持ち悪そうに舌をだす。
「で、こっからが本題なんだけどさ」
「……まだ本題じゃなかったんスか?」
土岐は頷くと、顔を寄せて囁くように、
「その時、小売りからの予約本数が100万本。一週間で焼けるロム――ていうか、パッケージだね、当時は。それが全米の工場をフル稼働させたって、85万本くらいしか製造が見込めなかったそうなんだよ。予約本数が発売日に準備できなかったら、向こうじゃ集団訴訟になるって言うじゃない? さすがの本社の連中も、緊急事態にパニクったみたいなんだけど――」
ごくり、と久利生が唾を飲み込んだ。土岐は真剣みを帯びた表情を一変、あっけらかんと笑いながら、
「ほら、アメリカって土地が広大だから、
久利生がぽかんと口を開けて、
「なんスか、それ……聞いたことないスケールの話なんスけど」
「必殺・ピストン出荷。ほんと、北米盤でしか使えない対処方法だよね。よく思いついたもんだよ」
「……遊部さんが考えたんですか、それ」
「みたいだね」
土岐が肩をすくめ、苦笑を浮かべた。
「本社って、ディレクタがそこまで関与するもんなんスかね?」
「いーや、ない。絶対ない。本来なら、プロデューサやプロジェクトマネージャの範疇だろうけど――そんな手、アタシだって思いつかないよ」
土岐はグラスに手を伸ばして、創平が飲み残していたウーロン茶を、気にする素振りも見せずにぐっと一息に仰いだ。
「ったく。実話だったら規格外過ぎるよね。ウチみたいな規模の会社に、よく来てくれたもんだ」
久利生がウンウンと相づちを打つ。
「遊部さんって、なんでこんな時期に出向なんてしてきたんスかね」
「嬉しかったでしょ?」
「そりゃ、まぁ。でも、でも……せっかくの1stコンタクトが、わたし、徹夜でボロボロの姿だったってのはいただけねぇっス! あぁ、もう!!」
羞恥心がぶり返したのか、久利生が「くぅ……」と悩ましげに身を捩るの見て、土岐が小さく吹きだすと、
「まぁ、なんにせよさ」
「はぁ」
「心強い味方ができたってことに変わりないよね。ノウハウをいっぱい吸収して、すっごい面白くて、大勢の人をワクワクするようなゲームを、アタシたちだって作っちゃおうよ」
「ええ、そりゃもう――」
「……あれ、えっと――なんか僕のこと、言ってました?」
席に戻ってきた創平が、妙なテンションで盛り上がる2人に、おずおずと質問した。
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