#13 稼ぐ理由

「――話は変わるけどさ。本社ディレクタの立場から見て、今回のプロジェクトってどう思った?」


 宴もたけなわになり、騒がしさが落ち着きだした時刻ころ。土岐の唐突な質問に、創平はウーロン茶の入ったグラスを持ったまま、首をかしげて聞き返した。


「それ、僕に聞いてます?」

「もちろん」

「マスターアップ前夜に、ちょっとアサインしただけなのに?」


 土岐がふっと微笑み、首を横に振る。


「いやいや、マスターアップしてから今日まで、色々とアタシを手伝ってくれたじゃないか。だからこそ――て言ったら、おかしいかもしれないけどさ。なんだか言いたいことがありそうだなって、前からちょっと思ってたところだし。良い機会だから、ね?」


 そう言って、土岐が顔を近づける。創平は困ったように視線を外すと、あさっての方向に視線を向けながら、


「まぁ、しいて言うならですけど……」

「うんうん」

「検討されていたらしい追加仕様の実装率が、ずいぶん低くてビックリしました。当初予定していた2/5くらいしか、商品には組み込めてないってのは、あまり感心できないですよね」

「……え、ウソ? そんな低かったっけ?」


 呆気にとられた様子の土岐が、視線で久利生に問いかける。久利生は頷くと、


「そっスね。予定していた追加仕様の実装率は、だいたい47%くらいっス」

「あぁ、やっぱり――プランナ職の久利生さんが言うなら、きっと正しい実装値なんだろうね」


 土岐が気まずそうに、ポリポリと頭を掻き、


「恥っずいなぁ……上っ面だけで実態を見てないって、正にこのことだよね。そこまで数値が低かったなんて、ホント知らなかったわ」


 久利生はしまったとばかりに顔を伏せ、


「あ、あの、ちゃんとすり合わせができてなかったみたいで……その、いつの間にかスケジュールから実装内容が消されたりしてたから、わたしってば、てっきり…………」


 土岐は顔の前で手をパタパタ振って、苦笑を浮かべる。


「クリボーはきちんと仕事をやり遂げてくれたでしょ? だったら気にしなくていいよ。キミが当事者なわけでもないし……逆に、いま聞いといて良かったくらいかな? なんなら齟齬が起こった原因や意図だって、予想がついたから」


 そう言って、グラスの中身を一息に飲み干す。表情にはやや陰りが浮かんでいた。


「あの~、遊部さん」

「今度は久利生さん? まぁいいけど、なんだろう」

「いや、は、まぁ……どうして実装率のこと、知ってたんだろなって、ちょっと気になって」


 創平は「あぁ」と前置きしてから、


「マスターアップの後にみんながリフレッシュ休暇に入ったとき――土岐さんは責任者だから、休めなかったんだけどね。僕がその間、フォローに入っていたんだけど……」

「え? そんなこと、されてたんスか?」


 久利生が驚いた様子で2人に目を配る。創平は何事も無かったように頷いて、


「企画屋の仕事に垣根なんてないからね。で、マスコミの記事校正を頼まれた時だったかな? 開発資料を漁っていたら、ゲームでは実装されていない仕様書をいくつも見つけちゃってさ。それで――って思っただけだよ」

「ん? なにが?」


 土岐が枝豆を口に放り込みながら、唐突に会話へ割って入ってくる。


「有り体に言うと、このプロジェクトって、コンセプトに一貫性が感じられないんですよ。だからまぁ――」


 創平は言葉を切ると、新しいタバコに火を点けた。



「土岐さん。このプロジェクトって、開発中になにかあったんでしょ?」

「――まぁね。あまり気分の良い話じゃないんだけどさ」



 土岐が空になったグラスを指で弾く。溶けて小さくなった氷のぶつかる音が、意外に大きく鳴った。


「会社の業績が悪化した影響でね。プロジェクトが進行中に、人員整理リストラとか部署異動させんとか――兎に角、そんなこんなで、開発中のスタッフの入れ替えがすごく多かったんだよ」


 創平が大きく、深く、タバコの煙を吐きだす。


「あぁ、それでか」

「なにがさ?」

「さっき土岐さんが言ってたじゃないですか。人数を質問したときに、『正確なスタッフの数は分からない』って。プロデューサなのに変だなって思ったんですよ。だけど、土岐さん自身もだったんであれば、納得です」


 紫煙の奥に、土岐の苦笑が浮かんで見える。


「……まぁ、隠すことでもないしね。言っちゃっていいか」


 土岐が「うーん」と背伸びをしながら、


「開発の中盤くらいで、前任者が逃げ出とんずらしちゃってさ。アタシだって、わりと急ぎの案件を抱えていたんだけど、なんでか白羽の矢が立っちゃってね。後はご想像の通り……もう参っちゃったよ」


 久利生が「いやいや」と首をふり、しみじみとため息をつく。


「でも、わたしたちは助かったッスよ。ディレクタだって、体調不良とか言い訳してちょいちょい不在でしたし……土岐さんがいらっしゃらなかったら、ぜったいリリースできてなかったって、みんな言ってましたもん」


 土岐は自嘲気味に笑うと、


「まぁ、今さらそんなこと、どうでもいいんだけどさ」


 空になったグラスを両手で包み込みながら、独白するように呟いた。


「プロデューサを引き受けたからには、どんなことであれ、すべての責任は統括者であるアタシが負わなきゃいけない。それが、社会人として当たり前の道義なんだから」


 創平が黙ったまま頷く。土岐は力なく微笑むと、天井を仰ぐようにその場へ寝転んだ。

 

「……はぁ。次の仕事は、なるべく平和な感じで進めたいなぁ。クリボーはさ、なにかやってみたいことってある? キミにはすっごく助けてもらったから、なるべく希望に添うスタッフィングを考えたげるよ」

「えっ! マジっすか!? あ、でも……、それは、えっと……」


 久利生が照れくさそうに、ちらちらと創平へ視線を向けている。その意味を察して、土岐は「くふふ」と忍び笑いを漏らした。


「創平くんはどう? なにかある?」

「兎に角アウトプットを出したいので、じゃんじゃん仕事を振ってもらいたいですね」

「多義的すぎて、逆によく分かんないよ」


 土岐が呆れつつ、むっくりと起き上がる。創平は頭を掻いて、


「僕たちはサラリーマンですからね。『作品』ではなく『商品』を創って、もっと貪欲に稼ぐべきだと常々思ってます」


 目新しい表現でもないのに、その言葉は不思議と土岐の胸へストンと落ちた。


「ねぇ、創平くん。どうしてアタシたちは稼がないといけないんだろうね」


 思わず口から漏れた土岐の呟きに、


「やりたいことをするためでしょう」


 創平がノータイムで即答する。


「土岐さんから出向初日に聞いた『循環』の考え方と一緒ですよ。新しい商品を創りだすためには、いまある商品で利益を上げなければならない――だからこそ、僕たちは稼ぎ続けなければならないんです」


 土岐は「なるほどね」と心から賛同して、ふぅと静かに息をはいた。



 『オリンポスの復活』は、プロジェクトとして失敗だった――そう、土岐はハッキリと自覚している。チームとしての体制云々だけでなく、すべてが破綻していたことは、これからの売り上げセールスをもって、社内の隅々にまで共有されることになるだろう。


 では、自分は、これからどうするべきなのか。


 答えは決まっている。

 たとえ自分が立ち上げたプロジェクトではなかったとしても、引き受けたからには言い訳をせず、失敗を取り返すような成功を掴むしか、プロデューサとして生き残る道は残っていない。


 それはたぶん、創平も同じ気持ちでいるだろう。彼もまた、本社で犯した大きな過ちを取り返すために、引責出向というていで挽回のチャンスを図っているのだから――



 売れるゲームをこの手で創りたい。

 その当事者であり続けたい。



 店員からのラストオーダーを知らせる声を聞き流しながら、土岐は創平と初めて出会ったときに交わした言葉を、ぼんやりと思い返していた。

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