#12 本質を探る指針

 テーブルへ突っ伏し笑い転げる土岐の背中ごしに、久利生がおずおずと声をかける。


「……あ、あの。どうして遊部さんは、出荷本数を気にされるんっスか?」

「え? 久利生さんは、自分が関わったモノがどれくらい売れるのか、知りたいって思わない?」

「わたしは面白いって思ってらえるモノができたら、満足しちゃって――」

「面白い? それは誰が? どうやって判断するの?」


 創平が真顔で質問する。その口調に圧倒されたのか、久利生が「えっ?」と驚いた表情のまま、躰を硬直させた。


「おいコラ! クリボーをいじめるなっ!!」


 久利生を背中に庇った土岐が、威嚇するコアリクイのごとく、両腕を振りかざして抗議する。創平は「あっ」と一瞬言葉をつまらせると、気まずそうに頭を掻いて、


「えっと……なんて言えばいいか。別に責めてるわけじゃなくってですね――その、人間って、平然とウソをつく生き物じゃないですか」


 土岐が不思議そうに首をかしげると、創平にそっと躰をすり寄せていく。


「その年でなんか辛いことでもあったの? 創平くん」

「……いや、土岐さん。頭撫でるの止めてもらえます? ……えっと、なんて言うか、僕だってそうなんですけど、友人同士や家族と話すときでさえ、本音と建て前は自然と使い分けていますよね?」

「あー、はいはい。それは理解できる」


 土岐の背後で、久利生もウンウンと一緒になって頷いている。


「特に日本人って、そういうに慣れちゃってるし。だから僕は、評価の基準を個人の主観に委ねたくないんですよ。正しく測定された数字だけが真実だって思えるし、そこにこそ物事の本質が現れているって感じられるんです」

「数字が、本質――」


 久利生が神妙な顔で、創平の言葉をぽつりと繰り返した。


 土岐は寂しげに笑うと、グラスを置いてため息をつく。呼吸といっしょにアルコールまで排気されたかのように、酔いはだんだんと醒め始めている。


「まぁ、それなら理解できる部分もあるかな? プロデューサ業ってさ、突き詰めると数字だけしか見ない訳だし」

「へ? それって、わたしたちスタッフのことも、ステータスみたいな数値で見ているってことっスか?」

「んー。クリボーはまだ若い癖にメルヘンさんだね、シミュレーション好き? ……まぁ、いつもがそうじゃないけどさ。『チームへの貢献度』みたいな項目を査定をするときとか、数字化しないと評価できないことってあるじゃない?」

「そういうものなんスかね?」

「そういうものなんですよ」


 土岐が苦笑を浮かべる。その時、遠くの席から「わっ」と野太い囃し声がわき起こった。



 何事かと視線を向けた先――上半身裸になったプログラマの御法川が、どうやら腹芸をお披露目し始めたらしい。傍にいるパーカ姿の女性スタッフが、笑い転げながら一緒になって気勢を上げている。


 土岐はむっつり口をつぐむと、今にも振りむきそうな久利生の目を、両手ですっぽりと覆い隠した。


「えっ、あ、なに――?」

「はいはい。良い子は見ちゃダメ。目が腐っちゃうからね……創平くんもゴメンね、バカばっかで。呆れちゃったでしょ?」

「いや、本社じゃお目にかかれない光景だから、逆に新鮮です」

「あ、ホント?」

「コンプラ管理者の顔が見てみたいもんですね」

「ふーん……ってそれアタシじゃん!?」


 ノリツッコみしながら、土岐は手近にあったビールの空き瓶を器用に蹴り飛ばす。放物線を描いたそれは、狙いたがわず御法川の側頭部へキレイに吸い込まれていった。


「……お見事」


 地響きをたてながら轟沈する御法川と、土岐の睨みに射すくめられたスタッフたち――まるで漫画のワンシーンのような光景を実際に目の当たりにして、創平は我知らず称賛の拍手を送っていた。

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