#6 作り手の義務

 創平は思案する。


 フラグ管理の修正はデリケートな作業だが、それほど難しい作業ではない。不具合を修正し、新たにマスター候補となる提出用ロムを焼き直したところで、2時間もあればお釣りがくるハズだ。


 現時刻はそろそろ20時になろうとしている。22時まで作業がかかったとしても、納品時刻の明日18時まで、残る時間は20時間しかない。


 そこから修正確認に必要な時間――最短で35時間かかるゲームの通しチェックをするとなると、



 20(残り時間)-35(チェック時間)=マイナス15時間という塩梅だ。


 

 時間超過はきわめて明らかであり、疑いを入れる余地はなかった。普通ならどうやっても納品には間に合わないと誰もが考えるだろう。


 そう、に考えた場合は、の話だが――



「んっ、んんっ!」


 黙りこくる創平の注意をひくように、土岐が咳払いした。


「もともとスケジュールは遅延していたんだけど、この納品日だけは絶対に死守しなきゃならないんだ」

「じゃないと、発売日が延期になる?」


 創平に向かって、土岐がコクコクと頷く。


「創平くんのいた本社だったら、もっと大きなプロジェクトばっかり扱ってたでしょ? だから、なにか納品にまつわる『裏技』みたいなものをさ、知ってるんじゃないのかなー? ってね。思ったり願ったりあって欲しかったり」

「まぁ、なくもないですけど」

「えっ! ホントに!?」」

「――いや、えっと。土岐さん、近い。近いから……」


 にじり寄る土岐をけん制するように、創平は「まぁまぁ」と片手でジェスチャして押し止めた。


「その前に、ちょっと確認なんですけど」

「うん」

「ロットチェック(=プラットフォーマがおこなう納品前検査)を通すだけなら、やり様はまぁ、幾らでもありますよ。誤魔化しようもね。だけど、土岐さんがいま知りたいことっていうのは、そういう手段じゃないんですよね?」

「うん、そう。もちろんだよ」


 土岐が両手を握りしめながら答える。


「問題は、シンプルに『時間』なだけだから。でもそれが、どうしようもなく足りてない。だからもう、打てる手立てが思いつかなくって――」


 土岐が声を徐々に萎ませて「話の順序がゴッチャになってゴメン」と弱々しく微笑んだ。


「バグがあるものを、アタシだって無理やり納品したい訳じゃないよ。そんなことしたら、今やるべき作業の目的が、自分たちが決めた約束――ってか、ただの『納期』か。それに間に合わせるだけのものになっちゃうから」


 創平が背もたれに寄りかかりながら、黙って相づちを打つ。


「買ってくれたお客さんのためにも、アタシたち作り手にはキチンと楽しめるゲームを提供する義務がある。それが、ゲームの価値を期待してお金を払ってくれたお客さんたちに対する、メーカとしての『約束』だってアタシは思ってるんだ」


 だけどさ、と言ったまま、土岐が沈黙した。薄明かりの中で表情は見えないが、板挟みの状況下で選択を迫られ続け、苦悩していたのだろう――少し声が震えている。


「……うん、その認識が聞けてよかったです」


 創平は席を立つと、手探りで壁伝いを歩き、室内の電気をつけた。案の定、沈んだ表情で座っていた土岐が、上目遣いで創平を見る。


「まぁ、そんなに悲壮な顔をしなくても、大丈夫ですよ」

「……へ? なんで?」


 土岐が鼻をすすって首を傾げた。


「この程度なら問題ありません。今から準備すれば、じゅうぶん明日の納品には間に合いますから」

「――は? あ、え、うーんと……」


 突拍子のない返事にポカンとした土岐が、何か言いたげに口を開こうとする。創平はそれに気付かないふりをして、端末のディスプレイを土岐へと向けた。


 そして、不具合報告バグレポートの上段にあるReportterを指さし、


「この報告者IDですけど、『Debug_010』ってことは、デバッガは最低でも10人はアサインしてるんですよね?」

「う、うん。そうだけど……」

「だったら人的にも問題ありません。通しチェックだけだったら、やり方次第で4時間以内に完パケられますから」

「は? ……え、はぁ!? え、4時間!? ウッソ、冗談じゃなくって? ど、どうやったらそんなことが出来るっていうんだい!?」


 創平がジャケットの胸ポケットをまさぐりながら、何でも無いような口調で返答する。


「手順は――あぁ、いや、二度手間になるから、僕から説明しようかな。とりあえず、さっきメッセンジャを送ってきた作業者とプログラマの責任者を呼んでもらえます? 準備が大変だと思うから、僕も手伝いますよ」


 言葉の真意はわからずとも、創平が意味もなくウソをつく理由が思い至らなかったのだろう。妙な自信に当てられたように、つられて口元をゆるめた土岐が、小走りで会議室から飛びだそうとした、その矢先――


「あぁ、土岐さん。それと……」

「ん? なぁに? 他に必要なことがあったりする?」


 急ブレーキをかけた土岐が、くるりと振り返る。創平は申し訳なさそうに顔をしかめながら、今日いちばん聞きたかったことを、控えめな態度で質問した。


「喫煙室の場所がどこかだけ、先に教えてもらっていいですか?」

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