#5 公認バグとエンバグ

 発売後やマスターアップ直前のゲームから見つかった欠陥に対し、その状態を仕様としてのことを、ゲーム業界では『公認バグ』と呼んでいる。


 当然、そのジャッジには(企業の規模感に関係なく)経営判断を伴うことが通例だ。


 なぜなら、商品として販売するものである以上、メーカとしても原因や責任の所在をハッキリとさせる必要があり、致命的な影響がないものや、回避策の周知が確立できるもの――要は会社にダメージのない事案しか認められないためである。


 以上を踏まえて、前述のバグを振り返ってみると。


性質たちが悪すぎる。誰がどう見たって修正案件でしかない)と、創平は早々に見切りをつけていた。


「でも――」


 いや、だからこそか、と疑問に思う。


「土岐さん。今までの話を伺っているかぎり、別に問題は無さそうに思うんですけど。単なるイレギュラな発生条件の進行不可バグなだけであって、納品前の今のタイミングであれば、修正すれば解決できる案件じゃないですか」

「いやいや。ここまでが前提で、本題はこっから。最初に言ったじゃん、マズい問題は『2つ』あるって。それがまた面倒臭くってさ――」



 ――ピロン。



 会話を遮るように、端末から軽快な着信音SEが鳴り響く。スクリーン上に映しだされた土岐のデスクトップ画面上に、メッセンジャの受信通知が表示されていた。土岐はそれを即座にクリックして、創平にも内容を共有するようにプロジェクタから投影させる。



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From : tomoe_kuriu

To : section leader


責任者各位


お疲れ様です。スクリプタの久利生くりうです。

#1657バグのエラーログを、プログラム班と解析しました。


予想どおり、原因は『フラグ』で確定です。

これから修正作業に入ります。


全フラグ管理に修正の影響がありそうなのは

さっきのMTGでプログラム班から伝えられた通りです。

改めて『通しチェック』をお願いします ><


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 低く呻いた土岐が、突っ伏すように机へ倒れ込み、「――まぁ、こういう状況でして……」とふてくされながら呟いた。


「あぁ、なるほど。『エンバグ』ね」


 他人ごとのような口調だったが、たしかに厄介だな、と創平も眉根を寄せてスクリーンを睨む。土岐が言わんとしていることが、何とはなしに想像できたからだ。



 エンバグとは、プログラムに不具合を追加することを指す(当然だが作業者の意図した行為ではない)開発用語である。


 ゲーム開発が複雑化した昨今では、なにかに手を入れる――たとえ不具合の修正であっても、それがきっかけで新たな不具合をことは、どんな現場でもよくある話だった。


 そういった事態に陥らないためにも、デバッグ中はかなり早い段階から、ゲームを始めから終わりまでちゃんと遊べるかを確認する『通しチェック』が必要になってくるのだが――果たして、受信したメッセージは、この作業が改めて必要になるほどに、不具合の根が深いことを示していたのだった。



「ちょっとお借りしますね」


 創平は端末を手元に引き寄せ、不具合報告に添付されたエラーログにざっと目を通していく。ついでにローカルにあったショートカットから共有フォルダへ勝手にアクセスすると、該当フラグのソースを片っ端から漁っていった。


「……土岐さん。このゲームって、リメイクかなんかですか?」

「へ? なんで?」

「プログラムの書き方が気持ち悪い――妙に整っているかと思えば、雑な部分もあって。根幹の部分なんか、記述にまったく迷いが見られないんですよね。まるで最初っから、答えが分かっているような書き方だなぁって」

「へぇ、そうなんだ。ってか、その通りなんだけどね。『オリンポスの復活』っていってさ、創平くんの年じゃ知らない? 80年代のJRPGブームに乗っかって販売したヤツで、当時はけっこう売れたんだって」

「がっつりリメイクで、3D化とかしちゃったり」

「そそ。オリジナルのソースがどっか行っちゃってたから、目コピでね」

「販売はパッケ? DL?」

「両展開」

「あれ? だったら――」


 創平は作業の手を一瞬だけ止めると、視線を画面に落としたまま、土岐へ疑問を投げかけた。


「マスターアップ後に、修正デイゼロパッチの配布はできないんですか?」

「やろうと思えばできるけど……」

「けど?」

「通信させるにしたって、プラットフォーマのサーバ経由になるじゃない。使用申請の許可とか、今さらとってる余裕ないんだよね」

「ははぁ……ところで、聞き忘れてたんですけど――」


 フラグ変数とメタデータの値に統一性された紐付けがなく、ツギハギだらけのコードを見つけた創平が、それをウンザリした面持ちで眺めつつ、素っ気ない口調で質問する。


「――マスターロムの納品デッドは?」

「今週の営業時間内だから、明日金曜日の18時まで」


 キーボードを叩く指を止めた創平が、ゆっくり顔をあげる。のぞき込むように作業を眺めていた土岐と目が合って、土岐は気まずそうに苦笑した。


「ちなみに、ゲームの想定プレイ時間ってどのくらいですか?」

「どんなに急いでも、メインルートだけで35時間はかかっちゃうかな」


 創平はメガネを押し上げ、息をつく。大きく、深く――状況は、想定以上に芳しくなさそうだ。


「つまり、僕に相談したかったことっていうのは――」

「うん」


 土岐が椅子に座り直し、会議室内の壁掛け時計にチラリと視線を向ける。


「この不具合を修正して――あと22時間以内か。それまでに、クリアまで35時間かかるゲームを通しチェックするためにはさ、どんな手段がとれるかなってね。意見を聞いてみたかったんだよ」

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