#4 バグレポート

Title:【進行不可】特定手順を踏むとゲームが必ずハングします。


Status: 未処理

Responsible: none


Bug Report No:1657

Sent:Thursday,May 12,19:37

Reportter:Debug_010

Bug Rank:S


Description:


以下の手順をふむと、確実にハングが発生します。


1.ナルビア渓谷(Bパート:ストーリーイベント)終了後からラストダンジョンへ到着するまでの間に、ペトラ遺跡を再訪する。

2.ペトラ遺跡で発生する時間制限ミッションに失敗し、「再トライ」を選ぶ。


上記を満たした状態でラストダンジョンに入ると、回想イベント後に必ずシステムエラーが起こり、ゲームに復帰できなくなります。


再現回数:2/2回。

マスターロム・デバッグロムの両方で確認。


※エラーログ取得済み。添付ファイルをご確認ください。

※該当不具合を撮影した動画は、レポートNoと同名で共有フォルダにアップしています。



***********************************************


 スクリーンに表示されたものは、開発者ならよく目にするであろう、デバッカからの不具合報告バグレポートだ。


「ねぇ、創平くん。これ読んで、どう思った?」

「できるデバッガですね。バイトだったら大したもんです。要点は簡潔にまとめられているし、これだけ厄介な発生条件を特定させるなんて、運だけじゃなく勘もいい」

「……もう、そうじゃなくって」


 ナニを今更、と土岐が不満げに吐息を漏らす。


 冗談はさておき、非開発職や開発職を問わず、経験値の乏しいスタッフであれば、このレポートを読んだところでどんな危険を含んでいるのかすら理解できないだろう。


 換言すれば、一見でリスクに気づかないスタッフは、素人かセンスの無い人材でしかあり得ない。


 果たして2人は――すべてを承知しているかのように、


「まずは『要点その1』。このバグの症状についてだけど」

「典型的な時限式ですよね」


 創平の即答に、土岐が無言で首肯する。


「発生条件を満たしてから症状が出るまで、時間が経ち過ぎてます。普通にプレイしていて遭遇しちゃったら、誰だって途中でセーブしてるんじゃないかな。その時、別ファイルにセーブデータを残していなかったら……」


 不具合が起こり、ゲームが止まったあとでデータをロードしても、また同じ症状がでて先へ進めなくなる――いわゆる『セーブハマり』の出来上がりだ。


 指摘が正しかっただろう。土岐が先をうながすように、無言のままトントンと机を指で叩く。


「レポートを読むかぎり、復帰手段は無し――つまり、一度でもハマったら、最初からゲームをやり直すしか手だてがありません。そうなっちゃうと、お客さんにはどうにもできないですよね。昔だったら、セーブデータのあるロムやメモリーカードを着払いで送ってもらって、こっちで直接データを修復するって荒業もあったらしいですけど……」

「いやいや。今のご時世、そんなことする人いないでしょ」


 その指摘に創平が苦笑する。まったくその通りだったからだ。


「ちなみに、問い合わせがあったときの想定は?」

「うん? CSカスタマーサポートの運用のこと?」

「あぁ、こっちの会社だとCSって言うのか……ええ。はい、そうです」

「ウチんとこは、創平くんがいた本社みたいに大きくないからさ。全サービス共通の運用でまかなってるよ。で、問い合わせの概算値は――っと」


 土岐がノートPCを弄って、スクリーン上に新たな画面を重ねて表示した。市販の表計算ソフトを使い、対応予測値がきれいに整えられている。


「これこれ。赤字のとこが処理オーバーの予測数ね」

「ここの分母はオペレータの人数?」

「そそ。とても吸収できたもんじゃないでしょ? これじゃあ、全コールスタッフを専任で稼働させたって、当日の問い合わせ棄却率は9割を超えるんじゃないかな」

「おっと、それは……炎上どころじゃ済まない感じだなぁ」


 創平は画面を見つめたまま、考えを巡らせていく。挨拶まわりで躰はクタクタだったが、思考はこの数分のやり取りで濾過されたのか、澄みきっている実感があった。


「じゃあ、会社は『公認バグ』として処理しないって認識で大丈夫ですか?」

「うん。だからもう、修正するしか打つ手がない」


 示し合わせるように、土岐がパチンと手を打った。

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