約束

小さい子は、その子にしか見えない友達とよく遊んでいることがある。

いわゆるイマジナリーフレンドってやつだ。


私も多分それが視えている一人だった。

多分というのは、私と一緒に遊んでいる子が弟にも視えていたからだ。

ぼんやりとしか覚えてないけど、聡明な男の子だった。

いつもいつも難しい本を持っていた気がする。

中でも文学がお気に入りだったらしく、私の今の文学オタクはその子の影響といっても過言ではない。

大きめのポシェットに一冊、本を入れて私と弟によく読み聞かせしてくれた。

その時の表情がとても優しくて柔らかくて。

私の初恋はその子が持っていったのだった。


小学三年生のある夏の日。

急にその子が廃マンションに行こうと言ってきた。

私と弟はなにもやることがなく、暇だし連いていこうとうなずいた。

廃マンションはとても薄暗く、怖かった。

確か昔に火事があってほとんど皆逃げ遅れてしまった事件があった。

それから自殺した人が後を絶たないとか。

ちょっと怖くて、しっかりと弟の手を握って、反対の手でその子の手を繋いだ。

屋上まで行った時のこと。

急にその子が叫んだ。


「早く降りて!!振り返らないで!!」


訳もわからず弟を抱っこして階段を降りた。

後ろをちらりと見ると、私を庇うようにして降りてきているその子の後ろから、何人もの人がゾンビみたいにぞろぞろと追いかけてきているのが見えた。

泣きそうになりながら一階まで降りて、外に出る。

一階の扉を押し退けて外に出て、弟を下ろしてからその子を助けに戻った。

すると、その子は扉の中から私に笑って言った。


「大丈夫だから」

「必ず迎えにくるから」

「そこでまってて」

「約束だよ」


そう言ってのだった。


泣き喚きながら扉にすがりつく私は、マンションの中から色んな人のうめき声を聞いた。


そして、扉に音も。


幽霊でもイマジナリーフレンドでもなんでもいいから、お礼がしたい。

なのに今だにあの子には逢えない。

迎えにくるのはいつなのか。

約束が果たされるのはいつなのか。

だから私はふっと思い出すのだ。

その子のいた感触を。


もしかしたら一緒に連れて逝かれるかもしれない。

でもそれでもいい。

多分、私はずっと待っている。

あの子に逢えるまで。

約束が果たされるまで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る