シュレーディンガーのおっぱい

高野 ケイ

第1話

ざわざわとした喧噪の中で、俺はガッツポーズを決めた。これで対戦10連勝だ。今日は中々調子が良いのではないだろうか。





「とーるすごいね!!」





 そう言って満面の笑みで微笑みかえてくれたのは最近つるんでいる友人の藤宮 晶ふじみやあきらである。ショートカットに中世的な顔立ちをしており、俺よりかなり小柄だ。そのため椅子ゲーム機の前の椅子に座っている俺と手をあわせるのも支障はない。


 俺こと赤坂徹あかさかとおるとこいつは仲が良い。初めて会ったのは三か月前。今いるゲームセンターでコンピュータ相手に苦戦していたのでアドバイスをしたのがきっかけだ。さびれたゲーセンだったこともあり、それ以降何回も顔をあわせて仲良くなったのだ。


 結局あの後11連勝はならず、俺は晶と共に帰路についていた。季節はもう冬でそろそろクリスマスだ。せっかく高校生になったのでそろそろ恋人でも欲しいものだ。しかも俺の誕生日はクリスマスの次の日なんだよね。二重できつい。








「はぁー」


「どうしたの、溜息なんてついて。あー、でもさっきの試合は惜しかったよね。もう少しだったのになぁ」


「いやぁ……そうじゃなくてもう少しでクリスマスだし、彼女ほしいなぁって思ってさ」








 俺の言葉にきょとんとしていたら晶だったが、やがて拗ねたように頬を膨らませる。








「ひどいなー、僕と一緒に遊んでるんじゃ不満なのー?」








 そう言ってすねている晶は可愛いと思う。言い方も可愛いよね、恋人未満友達以上の相手にとかに言われたら今ので好きになってしまうレベルである。俺童貞だし、かなりちょろい自覚あるよ。だけどさ、お前って男の子なの? 女の子なの? 最初に聞きそびれたせいか今更すっげー聞きにくい!! だって考えてみてよ、そんなこと急に友達に聞かれたらショックじゃない? しかも中性的なのって人によってはコンプレックスでしょ。


 でも……こいつが恋人だったら絶対楽しいと思うし、親友になってくれても楽しいと思う。正直男でも女でも仲良くすることには変わりない……でも男と女ではやはり接し方は変わるわけで……だから俺はこいつが男か女か、確かめることにした。











 シュレーディンガーの猫という言葉を知っているだろうか? 思考実験の一種である。蓋のある密閉状態の箱を用意し、この中に1匹の猫を入れる。箱の中には他に、少量の放射性物質と、ガイガーカウンター、それに反応する青酸ガスの発生装置がある。放射性物質は1時間の内に原子崩壊する可能性が50%であり、もしも崩壊した場合は青酸ガスが発生して猫は死ぬ。逆に原子崩壊しなければ毒ガスは発生せず、猫が死ぬことはない。1時間後、果たして箱の中の猫は生きているか死んでいるかというものだ。


 それと同様に、晶が女か男かは現段階ではわからないのだ。猫が入った箱を開けないと生死がわからないように、俺は晶のおっぱいをみなければあいつが男か女かわからないのだ。ゆえにこれを『シュレーディンガーのおっぱい』と名付ける。


 だって、友達とはいえいきなりおっぱい見せてとかやばいじゃん。男でも引かれるし、女だったら絶交されるわ!! というわけで俺は男か女か判別する方法を考えることにした。


 まず、制服でわかるだろうっていう意見はあると思う。でもこいつの学校って私服登校なんだよね、しかも昌は、いつもジーパンに、シャツとカーディガンっていう男子とも女子ともとれる服装なのだ。スカートでも履いてくれてればいいんだけどなぁ……とりあえず俺は考えた作戦を実行することにした。








「なんか暑くて喉乾いちゃったね……」


「お、ちょうど飲み物買ってあるんだ、あげるよ」








 いつものようにゲーセンでゲームをしていると、晶が手を団扇のようにして、顔を仰ぐ。その言葉を待っていたかのように俺は鞄からペットボトルを差し出した。計画通り!! 俺は悪い顔をしてほくそ笑む。実はゲーセンのバイトに土下座して、暖房の温度を上げてもらったのだ。プライド? そんなものごみ箱に捨てたわ!! 











「ええ、悪いよぉ、自分で買うよ」


「いや、さっき自販機で当たったんだ。気にしなくていいよ」


「本当……ありがとう」








 俺の言葉に安心したのか、晶はペットボトルを開けこきゅこきゅと可愛らしく飲み始めた。実はこのドリンクには利尿剤が入っているのである。体に害はないけど、トイレが近くなるのだ。晶の顔を見ているとまじで罪悪感がやばくなるが、埋め合わせは必ずするから許してほしい。








「あ、とーるも飲みたくなった? 二人で半分こしよっ!!」


「いや、俺は……」








 ずっと見ている俺の視線の意味を勘違いしたのか、晶がペットボトルを差し出してくる。やべえ、これじゃ俺も飲まなければいけなくなってしまう。








「僕が口をつけたものは飲めないかな……」


「そんなことないぞ!! 飲む飲む!!」








 シュンとした晶の顔をみて俺の罪悪感はマックスになった。俺はあわてて晶の手からペットボトルを受け取り口につける。うおおおおおおお、自分で入れた毒入りのドリンク飲むってアホ過ぎない?








「えへへ、関節キスだね」


「ぶはぁっ!!」








 何て破壊力だよ、こいつは!! 守りたいこの笑顔!! こんなん男でも女でも惚れるわ。俺は満面の笑みの晶に平静を保ったフリをしながらほほ笑みかえし、ゲームの続きを始めた。








「大丈夫? 顔色悪いよ……」


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるからかわりにやっててくれない?」








 うおおおおお、ダメだ。さっきの飲み物のせいだ。むっちゃ漏れそう。心配した晶が背中をさすってくるが逆効果だよ。てか近い近い、なんか昌からいい匂いがするよ。使っている洗剤が違うのかな……てかなんでこいつは大丈夫なんだ……? もしかして暗殺者の一族とかで、毒に耐性があるとかじゃないよね。俺は晶に断りを入れるとすぐさまトイレに向かった。








 トイレから帰ってきた俺を待っていたのはゲームオーバーと書かれているモニターの画面とシュンと申し訳なさそうにしている晶だった。








「とーるごめんね……僕もトイレ行きたくなってゲームを放置しちゃったんだ……」


「いや、全然気にしないでいいよ、むしろごめんな」


「なんで謝るの?」








 うおおおお、罪悪感が半端ない、悪いのは全部俺なんだよ、お前が男か女か知りたいから飲み物に利尿剤を混ぜたんだ。と言いたい衝動に駆られたがぐっとこらえた。そんなことしたら俺と晶の関係は終わってしまうだろう。普通の頭してたら飲み物に利尿剤いれるやつと友達になんてなりたくねえもんな。


 いや、待てよ……俺はトイレの方をみながら世界の真実に気づいた。男子トイレは俺が使用していた。そして晶もトイレに言っていた。そこから導き出される答えは……晶が女子トイレを使用したという事だ。優秀すぎる自分の頭脳が怖くなるね。IQ1000は伊達じゃない。いや、図ったことないけどさ。まあ、女子とわかった晶にそれとなく、俺をどう思っているか聞いてみるか。もしかしたら……本当にもしかしたら、俺の事異性として好きかもしれないしね。








「なあ、晶はさ……」








 その時女子トイレの扉が開いて女性が出てきた。あれぇぇぇ……








「どうしたの、とーる」


「いや、トイレってどこ使った?」


「えっ、使用中だったから、下の階のやつを使ったけど……」


「ですよねー」








 きょとんとした晶に俺は愛想笑いを浮かべる事しかできなかった。振り出しにもどってしまった。また新しい作戦を考えなければ……




















「こうして、一緒にショッピングをするのは初めてだね」


「いつもゲーセンばっかりだったしな」








 冬の寒空の中、俺達は駅の噴水の前で待ち合わせをしていた。


 先に来ていたらしい晶は手袋をつけた手を口元に持ってきて、息を吐いてあたためている。ちょっとあざとすぎない? 可愛いんだけど。








「今日すごい寒いけど手袋とかしなくてとーるは大丈夫なの?」


「あー、それなんだが、姉貴にそんな汚いのつけてるんじゃないって言われて捨てられたんだよな」


「中々豪快なお姉さんだね。でも、それじゃ寒いでしょ!」








そう言って晶は俺の手を握ってきた。冷え切った手に晶の毛糸の手袋越しの体温が伝わる。








「おい、晶!?」


「じゃあ。いこうか、とーる」








そういうと晶は俺の手を握りながら進んで行った。こいつなんなの?普通友達同士で手をつなぐか? 俺は胸をどきどきさせながらショッピングモールへと向かう。でもさ晶って男の子なの? 女の子なの?








「じゃあ、服を見よーぜ!」


「うん、そうだね」








ミッション2スタートである。一緒に服を買いに行けば、入る店によって性別がわかるという完璧すぎる作戦だ。


だって女の子ならわざわざメンズを買わないだろう? 我ながら隙が無さすぎる作戦だ! 失敗を知りたいものだ。








「じゃあ、今日はとーるの服をみようよ!」








あれぇー、早速作戦に狂いが出そうなんだが……晶はむっちゃ楽しそうにこっちを見てきている。断りずらい……








「いや、晶の服をみたいなって」


「えー、僕はこの前買ったから大丈夫だよ。それとも僕の服そんなに変かな?」


「いやいや、そんな事ないって!!」








 シュンとした晶に俺の罪悪感が刺激される。てか可愛い。変な性癖に目覚めそう……ん? ちょっと待って、俺の服を見たいって事は俺の服が変って事かな? やっぱり全身しまむらじゃだめなの? 最近のしまむらお洒落じゃん。でも、『とーるの服はダサい』ってはっきりいわれるのが怖かったから、黙って俺は晶と一緒に服を見ることにした。








「これとか似合うんじゃない?」


「確かにかっこいいな」








 何着か服や小物をみて、晶が指をさしたのは暖かそうな手袋だ。ふむ、金額は3000円か……まあ、今月はゲーセンで金を使いすぎたが、次回のおこずかいが出れば買える金額である。今度来た時買うとしよう。








「ありがとう、今度買いに行くわ。あ、ちょっとトイレいってくるから適当に時間つぶしてて」


「うん、わかった。僕も色々みているからゆっくりでいいよ」








 そういって俺はトイレのほうに向かった。なんか俺トイレばっかいってるなって感じだが、もちろん、それは嘘である。完璧すぎる俺は、即座に計画の修正を行ったのだ。晶から見えないところまで歩いた俺はすぐに引き返し、晶がどこに行くか見ることにした。一人なら自分の服をみにいくものだろう。はたからみた不審者だが気にしないことにしよう。


 俺がみているとも知らずに晶は自分の服を見るためにさっきまでいた店を……出ない。ということは晶は男の子って事か。おや、何かを買っているようだ。そのまま店員さんにプレゼント用の包装をしてもらっているようだ。ということはどっちだ? ああ、でも彼氏へのプレゼントかもしれない。女の子だとしたら中性的で可愛いもんな。彼氏がいてもおかしくはないかもしれない。俺は胸がズキリと痛むのを感じながら晶に声をかける。








「悪い悪い、遅くなったな」


「え、とーる!? タイミングが悪いよぉ……」








 俺に声をかけられた晶は最後の方は消えそうな声で何やら言いながら包装されたものを隠そうとしていた。まあ、彼氏へのプレゼントを買っているところをみられるなんて恥ずかしいよな……気づかない振りをしてやるか。でも彼氏いるならそういってくれてもいいじゃん。なんか水臭いな。








「なあ、晶。俺に隠している事ないか?」


「え……? やっぱり気づいてたよね……」








 ショッピングモールを出たところで俺は意を決して尋ねた。いや、彼氏がいるのはいいんだけどさ、俺と二人っきりってまずくないかなって思うんだよね。だって誤解されたら晶にもその彼氏にも悪いしさ……そう思って聞いて俺への晶の返答は予想外のものだった。








「もうばれてると思うけどこれとーるへのプレゼントだよ。誕生日プレゼントってやつ。いつも構ってくれてありがとうね」








 そう言って晶は「えへへ」と恥ずかしそうに笑って俺に先ほどの包みを渡してきた。中身はさっきの手袋だ。え……まじか……こいつ最初から俺のプレゼントを探すために今日付き合ってくれたのか。こんないいやつなのに俺はなんてくだらない事を考えていたんだ。もう男の子か女の子かなんてどうでも良くない? 自分が恥ずかしくなってきた。








「晶、ありがとう、大事に使うよ!! お詫びに晩飯おごらせてくれ!!」


「ええ、悪いよぉ、これは僕の感謝の気持ちだし……ってお詫び? お礼じゃなくて?








 俺は感動のあまり困惑気味の晶の手を握る。少し顔を赤くした晶の瞳と俺の瞳が交差する。もう男でも女でもいいよな。晶はいいやつなんだよ。それだけで……と思ったら後ろからの衝撃で俺は晶の胸元に倒れこんでしまった。とっさに踏ん張ったおかげで二人して倒れこむような事はなかったが俺は晶の胸に顔をつっこんだまま踏ん張った。そして俺は胸の感触を感じて真実に至った。








「悪い、大丈夫か」


「ええ、大丈夫ですよ」





 俺にぶつかって謝ってきたおっさんに余裕をもって答えた。おっさんありがとう。俺はおかげで真実を知れたよ。





「大丈夫なんだね、よかった」








 俺は安心したよう表情を浮かべる晶をみて思った。こいつの胸は硬かった。ならばこいつが男だろう。すっげーすっきりしたわ。これで変に意識しないで接することが出来る。








「なあ、クリスマスどっかいかないか?」


「え……僕と一緒でいいの?」


「ああ、それともなんか用があったか?」


「ううん、とーると一緒に過ごせるのがすっごい嬉しいんだよ。チキン食べよー」








 俺の言葉に晶は満面の笑みで答えてくれた。可愛い笑顔だなぁ……だが男だ!! まあ、クリスマス一人で過ごすって言う寂しい状況は免れたからよしとしよう。

















「ただいまー」


「おかえりー、ちょうどいいわ。徹、ついでに洗濯物をしまっといてくれる」








 帰宅した俺を待っていたのは母からの命令だった。まあ、俺のヒエラルキーはペットの犬より低い、悲しいことに最下層のもの事である。抵抗は無駄なのだ。


 俺はしぶしぶベランダに干してある洗濯物を洗濯籠に回収する。うわ、姉貴の下着もあるじゃん。最近気になる人でも出来たのか服装がお洒落になったり、スマホをみながら神妙な顔をしたかとおもいきや、ニヤニヤしている事が多い。情緒不安定なメンヘラかなって言ったらぶん殴られた。まあ、クリスマスも近いしな。と思っていると、ちょっと背伸びした感じの黒い下着が目に入る。そして一つの真実に到達した。








「なるほど……胸がないからといって女の子ではないとはかぎらないのか……」


「へえ、なんで今この状況でそんなことをほざくのかしらね。洗濯物をしまうのを手伝おうと思ったけど、もっとやらないといけないことができたわね」


「ひぃっ!!」








 俺の背後に悪鬼がいた。悪鬼は俺の顔をわしづかみにしやがった。いてぇぇぇぇぇぇぇ。姉貴ってばバレーやっているから握力やばいんだよ。まじで死んじゃうぅぅぅ!!








「徹……言い残す言葉は?」


「いやいや、姉貴のスタイルはいいと思うよ、余計なものが一切ないスレンダー体型だから、バレーの時邪魔にならないし、走るときとかもむっちゃ早そう」


「なんでこのボールは余計な事ばかりしゃべるのかしらね?」


「にぎゃぁぁぁぁぁぁぁ」








 俺はバレーボールじゃねぇぇぇぇぇぇぇl!! 俺の絶叫がご近所さんに響いた。














「って事があったんだ」


「それはとーるが悪いよ……」








 少し引いた声で晶が言った。俺は晶に顔に包帯を巻いた理由を説明した。顔に痣が残っているんだよね。このまま呼吸法とか使えないかな。童貞の呼吸一の型!! みたいな。クリスマスにチキンを食べながら最近あったことを話す。








「この次どこいくかー」


「そうだなぁ、とーるとイルミネーションがみたいな」








 可愛らしい笑顔で晶が言ってきた。え、イルミネーションとかリア充の巣窟じゃん。友達同士で行くとこなのだろうか……でもさ、こんな笑顔で言われたら断れなくない?








「まあ、特に行きたいとこもないしいいよ、行ってみよう」


「わーい」








 結局こいつが男の子か、女の子かはわからない。シュレーディンガーのおっぱいはわからないままだ。まあ、急いで箱を開ける必要もないだろう。俺はこいつとクリスマスを楽しむことにした。

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シュレーディンガーのおっぱい 高野 ケイ @zerosaki1011

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