暗夜異聞 瞳に映りしもの……

ピート

 

あの出会いさえなければ、いや、あの出会いがあったからこそ……現在があるんだろう……そして未来が……。

毎日毎日、いつもと同じ変化のない日常が始まる…そう秋がふかまり、冬がおとずれようとしていたあの日、彼女が転校してくるまでは……。


いつもと同じように朝のホームルームが始まる。いつもと違ったのは、担任に続いて一人の女の子が教室に入ってきた事だった。

「急な転校生だが、みんな仲良くするように。ルルド・ウィザードさんだ。御両親のお仕事の関係で、一月という短い時間の共同生活になるが、仲良くするようにな。ルルドさん、自己紹介をお願いします」そう言うと、教壇を下り、彼女をうながした。

「はじめまして、一ヶ月間という短い期間ですが、皆さんと良い思い出をつくれたらと思っています。よろしくお願いします」彼女はペコリと頭を下げると、俺の方をチラリと見つめた。

日本人と変わらない流暢な日本語だった、変なアクセントもない。なにより驚いたのは、その綺麗な容姿だった。天使のような笑顔、時折見せるあどけない表情、クラスメイトの何人かは早速、心を奪われたようだった。どうやら、アレに気付いたのは俺だけのようだ。

「じゃぁ、ルルドさんの席は……」

「先生、彼の隣がいいんですけど……駄目でしょうか?」そう言って指差したのは俺だった。

「構いませんよ。では、皆さん、よろしくお願いしますね」うまくやれよ、といわんばかりに、ニヤリと笑うと担任は教室を出ていった。

残された俺はクラスメイトに冷やかされつつ、本来予定されていた場所から、机と椅子を移動させた。

「ありがとう……えーと……」

「林だよ、林秀一。おかげで何日かは茶化されるだろうけど、まぁよろしくね」

「私は気にしないわよ。林君に恋人がいるなら仕方ないけどね」天使の微笑みだ、こんな笑顔で毎日見つめられたら、どうにかなりそうだな。

「恋人か?残念ながらいない。特に好きな娘もいない。悪いけど、人付き合いは苦手なんだ。出来るなら、放っておいてくれないかな?」

「出来るならってことは、出来ないならいいってことよね?なら放課後、校内を案内してくれるかしら?」嬉しそうにに話しかけてきた。まったく動じた様子はない。屁理屈じゃないか。

「変わった娘だなぁ……わかったよ」俺は苦笑いを浮かべながらつぶやいた。



昼 休みになり、ルルドの周りにクラスメイトが集まる。俺はそれを横目にしながら、いつものように屋上へ向かった。クラスメイトは嫌いではないが、どうも群れ を成すのが、好きになれない。一人でいる方が性にあっていた。クラスメイトも俺の性格を理解してくれているようで、放っておいてくれている。もちろん、クラス行事には参加してるし、最低限の協力はしている。率先してではないが。

昼食を終え、給水塔に上がると横になった。空には雲一つなく、青空が広がっている。もう少し暖かいと昼寝に最適なんだがな。

ルルド・ウィザード、か……その名の通り魔法使いだったら、楽しそうだなけど、まさかな。一人広げた空想をかき消すと、ボンヤリと空を眺めた。

「林君、見ぃつけた」給水塔に昇る梯子から、ルルドが顔をのぞかせた。

「別に隠れてなんかないさ。知らない内にかくれんぼしてたなら話は別だけどな。いつまでも、そこにいると、下から見えるぞ」

「!?早く言いなさいよ」顔を赤らめると、ルルドは慌てて上に昇り、俺の横に腰を下ろした。

「いつもこんな風にしてるの?」

「ああ、俺は世界で二番目に孤独を愛する男だからな」

「ふーん。じゃあ、一番は誰なの?」

「スナフキンだな」

「スナフキンの方が友達多いんじゃない?」笑いながらルルドが答える。

「なら、世界一かもな。ところで何か用か?」

「用がなくちゃいけない?君の傍にいたかったんだけど」

「なんで、俺に関わるんだ?」

「私と同じ世界に生き、私が手に入れたいものを、手にする術を貴方が持ってるからよ」天使のように、そして妖しく微笑む。

「同じ世界?クラスの連中だって同じ世界に生きてるぜ?」

「でも、アレに気付いたのは君だけよ」俺の顔をのぞきこみ、不意にキスをした。

「アレ?何の事だ?俺の見るものが見えるとでも?」

「見えるわよ。それに、アレは貴方にだけ見せたんですもの」妖艶な微笑みだ。さっきまでの天使の笑顔とは正反対の、見る者の心を凍りつかせるような微笑みだ。

「何のことだかわからないが、きっと他に頼んだ方が早いぜ。俺は怠け者で有名なんだから」

「でも約束は守ってくれるんでしょ?校内の案内、楽しみにしてるね」そう言い残し、給水塔を降りていった。

何者だ?疑問は尽きることなく、浮かび上がるがデータが少なすぎる。教室に戻るか。

「シュウ、マジョニキヲツケロ」舞い降りたカラスがそう言い放ち空へと羽ばたいた。

「魔女ねぇ……」予鈴の音が鳴り響き、俺は教室へと戻った。



クラスメイトが一人増え、少々変わっている事を除けば、その日の授業は何事もなく終了した。

「秀、ルルドさんに変なことするなよ」

「林君、頑張ってね♪」

「秀一、抜け駆けはよくないぞ?」クラスの連中の言葉に適当に返事をすると、ルルドを伴い、廊下に出た。

「二人の時間の邪魔をしないでね」ルルドは教室を出る瞬間、振り向くとクラスメイトに釘をさした。

おいおいマジかよ、この女……何考えてやがるんだ?

「さぁ林君、案内案内」嬉しそうに、腕にからみついてくる。

「君の目的はなんだ?」振り払うのも億劫なので、ルルドはからみついたままだ。

「私の名はルルド・ウィザードよ。君なんて名じゃないわ」

「わかったよ。で、ルルドさんの目的はなんだい?」重ねて問い掛ける。

「ルルドでいいわよ。みんなみたいに秀って呼んでもいいかしら?」

「好きに呼べばいいよ。嫌なら応えないだけだからな。質問には答えてくれないのか?」

「私の目的は……秀、貴方よ」当然と言わんばかりだ。

「俺?冗談はよしてくれ。ロゼリアが望むような男じゃないぜ」

「なんだ気付いてたの?なら冗談じゃない事もわかるわよね?」

「俺は平凡な高校生だぜ?魔女の力になんかなれないさ」気付かれないように印を結び氣を凝縮させる。

「平凡な高校生はそんな物騒な術は使わないんじゃないかしら?操眼師林秀明、いえ百眼とよぶべきかしらねぇ」屋上で見せた妖女の笑みを浮かべる。

「戦う気か?」まずいな、守りながらじゃ死んじまう。

「私は協力を求めていると言ったはずよ?力づくがお望みなら、ねじ伏せるだけだけど?」二人が立っている場所は、すでに結界が張られ、違う次元に移動している。

ハンデまでくれるってわけかよ。

「平凡な生活が壊れないなら、考えてもいいぜ」精一杯の強がりだった。とはいえ無傷ではすまないつもりだ。

「壊さないと約束するわよ」

「魔女の言葉は、どこまで信頼すべきなのかな?」

「選択肢はないわよ。だって私は魔女ロゼリアなんですもの」そう言うと優しく微笑んだ。結界は解かれ、元の次元に戻っていた。どうやら破壊を望むわけではないようだ。信じるしかないか……。

「さてと、校内の案内からだったな?」

「ええ」

「ルルドは何を見たいんだ?」

「秀が守っているモノよ」

「俺が守る?……防人の事も知ってるってわけだな?」

「この地の要が見たいのよ。校内にあるのはわかってる」

「見たいだけか?まぁいいや、結界を張ってくれた事に敬意をしめさないとな」

「見るだけよ。無駄な争いはしたくないもの」

「それはありがたい。俺は怠け者だからな」校内を案内しながら、俺はその場所にルルドを導いた。




「ここが要さ」

「なるほど、防人が昼寝してるんじゃ悪さできないねぇ」

「約束ははたしたぜ、魔女は守ってくれるのかな?」

「ここに封じてあるモノが欲しいと言ったら?」

「封印を解き放てと?それは欲張りだぜ」今度はこちらが先に結界を張り、次元を転移させる。

「他人に迷惑はかけたくないという事かしら?言ったハズだよ?ねじ伏せると!」黒い球体が、ルルドの右手に現れる。

「ワームホールか?どっちが物騒なんだ?」氣を凝縮させ右手に集める。

「困ったねぇ秀、私はあんたが気に入ってるんだけどねぇ」

「なら諦めてもらえないかな?俺は防人の仕事はしたくないんだ」

右目に意識を集中させる。

「操眼師の力も見せてくれるのかい?本気になりそうじゃないか!!」歓喜に満ちた笑顔で俺を見据える。

「もう未来は見えているんだよ。ルルド、諦めろ!」ルルドの周囲が闇に染まっていく。

「その瞳でどれだけの闇を見てきたんだい?宿命と、運命と受け止めるだけが、秀!あんたの力の底なのかい?」いくつにも分かれた黒球が秀に襲いかかる。

「努力したところで変わらぬ未来もあるんだよ!」氣が秀を包み込む。黒球は光にのまれ消えていった。

「あんたは自分で限界を作ってるだけさ!変化を望まない者に私は負けやしないよ!」

「なら見るがいい!俺が見ている世界の断片をな!」秀の右眼から放たれた光がルルドを包み込む・

「‼⁇なんだい、今のは?」

「見えただろう?それがこの戦いの先にあるものさ。まだ続けるか?それとも結果をその眼で確かめるか?」

「変わらないだろうねぇ。なにせ操眼師の見た未来だ。その左眼には何が映るんだい?」

「見たいのか?」睨み合いが続く。

「やめておくよ」ルルドがニヤリと微笑むと周囲の闇は消えていった。それに合わせるように、俺も結界を解いた。夕日が沈み屋上からの景色は薄暗く染まっていた。

「何故、封印を解こうと?」

「先代の神秘眼とやらが欲しかっただけさ。封じてあると聞いたんでねぇ」

「先代の神秘眼は俺の眼におさまってるよ。封印されてるのは別物だ。邪悪を解き放ちたいのかと思ったよ」

「さっきのは神秘眼の見た世界だったというわけかい」満足そうにルルドは呟く。

「まだ何か望むのか?」

「もう十分さ。秀は何を望むんだい?」

「俺は平凡な高校生活さ」無理なのはわかってるがな。

「そうかい、なら叶えてやろう。案内してくれた報酬さ」闇が包む、何も見えない。

「な!?ル、ルルド?」

「神秘眼はいただいたよ。秀…魔女なんかを信用しちゃ駄目さ」ルルドの掌で眼球が光り輝く。

「……望んだことさ。これで防人からも開放される」声のする方を、何もない瞳で見つめ呟いた。

「これも見えていたというのかい?」

「それが操眼師の宿命だからな。ルルド、君の未来、そして過去も見えたよ」

「どんな未来か知らないが、変えてみせるさ。さよなら、秀」

「さよなら……ルルド」その時、俺には確かに見えた。夜空に溶けるように消えた彼女の瞳から涙が零れ落ちるのが……。

「魔女の涙の代金だ……その眼はプレゼントするよ。神秘眼は渡せないけどね」不思議な光を放つ眼球が、秀の右手で踊る。

光を宿さない双眸には魔女の涙が確かに見えた……闇しか映さない瞳には……その美しい泣き顔がいつまでも映っていた。


Fin

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