第14話 ヴァイオリンの各部位の名前

「清水さん?」


 璃緒は声をかけられて、はっとする。


「あ……」


 不思議そうな顔をしている瑞樹が顔を覗き込み、


「どうかしましたか?」

 と聞いた。

 璃緒は考えていたことを振り払うように首を横に振る。


「いえ、何でもないです」

「それならいいですが……。じゃあ早速、ヴァイオリンのレッスンをしてもいいですか?」

「はい」


「では、教本はこちらの机に置いてください。この窓側にある机はレッスンをする際に、清水さんが自由に使っていいところです。これからは、ここでヴァイオリンをケースから取り出して準備してくださいね」


 瑞樹の説明に、璃緒は納得する。

 そうか。だからこの机はそれなりに幅があり長かったのだ、と。


「分かりました」


 瑞樹はというと、準備していたヴァイオリンをケースから取り出し、璃緒の目の前に持って来た。


「まず、色々なパーツの名前などをお教えしますね」


 すると彼は最初にヴァイオリンの先端部分を指さした。


「この木の形がぐるぐると渦を巻いているのが『渦巻き』といいまして、ヴァイオリンを装飾する部分とでも言ったらいいでしょうかね。そしてこれのすぐ下にある出っ張た器具が『糸巻き』といいます。『糸巻き』にはその名の通り弦が巻かれているのでこれを回すことで、弦を張ったり緩めたりして、チューニングをするんです」


「チューニング?」


 璃緒は聞き返す。ピアノを経験してきた彼女にとって、チューニングは無縁の過程だ。何故ならピアノは、「調律師」という調律を専門に行う人がおり、奏者がチューニングをする必要がないからである。そもそもピアノの調律は難しく、専門的に学んだ調律師でなければ出来ないものだ。


「ええ。ヴァイオリンは弾く前に必ずチューニングをして、それぞれの音を合わせます。温度や湿度などの変化ですぐに音程が変わってしまうので、毎回調律しなければいけません」


「でも先生。私、自分の耳で音合わせをする自信ありませんけど……」


 そう言ってから、璃緒は中学生のときに、音楽の授業で琴に触れたことを思い出した。

 琴も弾く前に必ず音を合わせなければならないが、あのときは音楽室にあるピアノの音を聞いて行った。当然、周囲の子たちはピアノを習っていた璃緒に頼ったのだが、彼女は「調律」など行ったことなどない。ただ、少しだけ耳に自信があったので、合わせてみたものの、後から全て音楽の先生に音を直されてしまったので、自分は調律出来る耳がないのだと、妙に落胆したことを覚えている。

 そんなことを思い出し、不安になって尋ねたが、瑞樹は「大丈夫です」と言って笑った。


「昔は音叉によって合わせていましたが、今はチューナーという道具があるのでその数字に合わせればチューニングができます。でも清水さんは若いので、スマホでアプリをダウンロードして合わせるのが一番いいと思います」

 璃緒は思ってもいない単語が出てきて、きょとんとする。


「スマホのアプリ、ですか?」


「はい。無料ですし、画面の中で振れる針に合わせてあげればいいので簡単ですよ」


 そう言うと瑞樹は、自分のスマホを取り出し、チューナーの画面を見せてくれる。


「……便利な世の中ですね」

「本当ですね」


 きっと以前なら、このチューニングに手間取ってやめてしまう人もいたことだろう。昔は、音叉で合わせていたという。しかしこのアプリがあれば、目で見て確認が出来る上に、別途道具を買う必要すらない。今までここで挫折していた人が見たら、羨ましい時代かもしれないなぁと、璃緒は思った。


「それから、見て分かる通り弦が四本張ってあります。その下に、黒い板がありますが、これを『指板しばん』といいます。これは黒檀などの堅い材質で出来ていて、何度も指を置いても減りにくいようにしてあります」


 璃緒は瑞樹の説明を聞きながら頷く。彼はその様子を見ながら、さらに説明を続けた。


「そして弦を浮かせているのが『こま』、この独特なフォルムに開けられた穴を『f字孔』といいます。この穴は、音を共鳴させるためのものでもあり、中に書いてあるヴァイオリンの製造年月日を確認するときもあれば、『魂柱こんちゅう』の位置を確認するためのものでもあります」


「コンチュウって何ですか?」


 名前だけを聞くと、虫のようである。


「これはヴァイオリンの命ともいえるものです。これが弦の振動を楽器全体に響かせる役割をしています。そのため、『魂』に『柱』と書いて、『魂柱こんちゅう』といいます」


「成程……」


「そして、『糸巻き』から張られている弦が下の方で止められていると思いますが、そこにねじがあるのが分かりますか?」


「はい」


 ねじは弦ごとに付いているので、四つある。


「これは『アジャスター』といって、初心者がチューニングしやすいようについているねじなんです」


 その説明に、璃緒は少し首をかしげた。


「でも、チューニングって『糸巻き』でするんですよね?」


「やってみると分かりますが、『糸巻き』を使ってチューニングするのは結構難しいです。慣れてくると『アジャスター』が外れていきますが、最初の頃はアジャスターの方が断然合わせやすいです」


「そういうことなんですね。分かりました」


「最後になります。楽器の下に黒いカバーがあると思いますが、これが『あご当て』と言います」


「ヴァイオリンを肩とあごの間に挟むからですね?」


 それは前回の経験があるので分かった。瑞樹は頷く。


「その通りです。ヴァイオリンは十六世紀に出来たと言われている楽器ですが、この『あご当て』に関しては、十九世紀のはじめ頃に付けられた比較的新しいパーツになります。現在作られているヴァイオリンには、ほとんど最初から付いています」


「そうなんですね」


「はい。これでヴァイオリン本体の説明が終わりましたので、今度は実際に楽器を持って、音を出してみましょう」

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