第11話 最初の感想
「レッスンはどうでしたか?」
瑞樹と初めて会った次の日、
璃緒は鞄から自前の小さな水筒を出して、そのお茶を飲みながら、昨日のことを思い出す。
「茉莉花ちゃんさ」
「はい」
「ヴァイオリンって幾らくらい出したら買えるか知ってる?」
茉莉花は璃緒の質問の意図を想像し、眉を寄せて聞き返した。
「……清水さん。まさかヴァイオリンを買わなくちゃいけなくなったんですか?」
璃緒は「そう言うだろうな」と心の中で思いつつ否定した。
「買わないよ。ヴァイオリンは一之瀬さん……先生からから借りることにしたから」
璃緒の答えに、茉莉花はほっと胸を撫でおろす。
「それならよかったですー! 流石に『楽器を買ってください』と言われることはないとは思っていましたけど、先生から借りられるなら一番いいじゃないですか」
「うん。で、幾らだと思う?」
「え?」
「だからね、ヴァイオリンが買える最低ラインって幾らだと思う?」
改めて問われ、茉莉花は眉をひそめる。
「高いってイメージはあるんですけど、具体的な数字を聞かれると……二十万円くらいですか?」
「ううん。もっと安いよ」
「……安いんですか?」
「うん。安い」
璃緒のヒントに、彼女は今度腕を組んで考える。
「えっと、じゃあ……十五万くらいですか?」
「残念。答えは初心者で始めるなら、ケースに入っているセットで、五万円から十万円くらいでいいそうだよ」
すると茉莉花は驚きの声を上げた。
「えっ、五万円⁉ えっ、安っ! その値段なら、私でも買えそうです」
璃緒は彼女の反応に頷いた。
「そう思うよね。私も高いと思っていたから、まさか手が出せる程度の金額だとは思いもしなかった」
「私も同じです。ギターなんかは手軽く買えるイメージがありますけど、ヴァイオリンはお高いイメージがあったのでそんな簡単に買えないと思っていました。下手したらスマホを買うより安いんじゃないですか?」
「そうかもしれないね」
「ちなみに、清水さんはどれくらいって予想していたんですか」
茉莉花の問いに、璃緒はぽつりと答える。
「三十万」
「じゃあ、私の方が近いですね」
得意そうに言った茉莉花を視線で捉え、璃緒は頬杖をついた。
「五十歩百歩でしょう」
「いえ、十万も違います」
「どっちも近くないという意味では同じでしょう」
「そうですけど。それで、ヴァイオリンは持ってみましたか?」
「話、急に変えたね」
「ヴァイオリンの話なので変わっていません。持ったんですか? それともまだそこまで体験していませんか?」
璃緒はヴァイオリンを持ったときの感覚を思い出す。これは瑞樹とのやり取りの中でも、特に印象に残っていた。
「持ってはみたけど……」
「はい」
「持てるかどうかが分からない」
「え」
茉莉花は璃緒の返答に、瞬時に眉をひそめる。
「弾くのは簡単じゃないだろうなとは思っていましたけど、持つこともそんなに難しいんですか?」
「人にもよるのかもしれないけど、私はそう感じたかな」
肩に残った楽器の感触。触れた木の部分は滑りが良く、今にも落ちてしまいそうだった。
「もし……。もしですよ。持てなかったらどうするんですか?」
茉莉花は、璃緒がこの先レッスンに通い続けられるかを心配していた。大川の約束のことだけではなく、璃緒にヴァイオリンのレッスンを押し付けたことを気にしているのだ。
そのため自分の代わりにレッスンに行ってくれる先輩のために、せめてヴァイオリンのレッスンが楽しいものであってほしいと願っているのだが、その璃緒が楽器を持つのもままならないという。
本当にヴァイオリンを弾きたいものが行くのであれば、それすらも苦労ではないだろうが、璃緒は茉莉花の代わりにレッスンを受けてくれるだけである。そのため、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
すると、彼女の心を察してか璃緒は優しい声を掛けてくれる。
「そんな顔しないで。時間はかかるかもしれないけれど、持てるようになるから」
「本当ですか?」
「うん。だから、大丈夫」
茉莉花はそれを聞いてホッとした表情を浮かべる。
「それに、ヴァイオリンを持てるとか持てないかとかよりも、まず私はあそこに三か月通うことが出来ればいいわけだから、大丈夫だよ」
「……そうですけど」
茉莉花は何か言いたそうな顔をしていたが、璃緒はさっと立ち上がり話を切り、明るく言った。
「さ、仕事の準備をしましょう!」
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