第6話 レッスン室

「これからレッスンについてお話をしますので、テーブルを用意しますね」


 そう言うと瑞樹は、出入り口にある電子ピアノの傍に置かれた丸いテーブルを部屋の中央に持ってきた。


 普段のレッスンでは必要がないので片付けてあるのだろう。椅子もテーブルと一緒に隅に置かれていたが、それは座る面が小さいため子供用らしい。そのため彼は壁際に並べてあるだけだった椅子を二つ持って来て、そのテーブルに添えた。


「どうぞ、お掛けください」

「ありがとうございます」


 璃緒りおがお礼を言いながら、勧められた椅子に座ったときである。瑞樹は何かを思い出したようにはっとして「すみません、ちょっと待っていてください」というと、何故か足早に部屋を出て行ってしまった。


「……どうしたんだろう」


 璃緒は瑞樹が出て行った扉を暫く見つめていたが、ふと入り口に置いてある電子ピアノに目が行った。


(そういえば、なんで電子ピアノがあるんだろう?)


 レッスン室に入ったときから気になっていた。ヴァイオリンを習うのに、ピアノは必要ないはずである。


(それともここでピアノのレッスン、とか? いやいや。それにしたってピアノが端っこに置かれすぎている……)


 ドアの近くに置かれたそれは、まるでちょっとした脇役のように控えめだ。それがピアノのレッスンのために使われるとは考えにくい。


(だったら、ここで演奏会があるとか? ……いや、違うか)


 一人で色々と考えてはみたが、結局電子ピアノが置いてある理由は分からなかった。そのため璃緒の興味は自然と別のものへと移っていく。


(あれは……ヴァイオリンのケース、だよね?)


 壁に沿って置かれたテーブルの上に、幾つかの黒いケースが横たわっている。これはヴァイオリンを習ったことがなくても、音楽が少しでも関わっているドラマや映画を見ていれば自ずと備わる知識だ。


(あれ全部、一ノ瀬さんのなのかな? なんか大きさもバラバラだけど……)


 よく見るとケースの大きさはまちまちである。


(小さいのがあるってことは子ども用かな? それにしたって色んなサイズがあるように見えるけど……)


 しかし考えてもその答えが出るわけでもないので、彼女はそれに対して思考するのをやめる。その代わり、ゆっくりと部屋の中を眺めた。


(……「レッスン室」に入るのは久しぶりだ)


 璃緒は幼い頃からピアノを習っていた。訳あって、一度だけ習う先生を替えているので、彼女には二つの教室で習った記憶がある。


(だけど、どっちもこんなに広くなかったなぁ)


 この部屋は奥行きだけでなく、幅もある。全体の広さは二十畳くらいはあるだろうか。お陰で部屋は開放的だ。また、壁はツートンカラーになっている。上部三分の二がエンボス加工がされたオフホワイトの壁紙、残りの下部は全て明るい木目調の壁紙が張り付けられている。そのため清潔感もありながら、柔らかさもある、という具合になっているのだ。


(きれいなレッスン室だ)


 それに、何と言っても建物が真新しい。出来てから三年くらいは経っているだろうが、丁寧に使われているためか、どこをみても新品のように見える。


 またこの部屋の窓は、北と東にあってとても明るい。ブラインドで開け閉め出来るようになっているが、それを閉めなくても、普段は外から中が見えないようになっている。多分マジックミラーになっていて、プライバシーが守られるようにしてあるのだろう。


(大川さんがこだわって建てた建物なんだろうなぁ……)


 璃緒はそんなことを思いながら、大川と初めて会ったときのことをふと思い出した。

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