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 昔、田舎で行商をしている者の子供たちが堀井戸の周りに集まって遊んでおりましたが、大人になりますと互いに意識して顔を合わすのも恥ずかしくなりました。しかし男は女を妻に迎えたいと思い、女もまたこの男と結ばれたいと思っておりましたので、親の縁談を聞き入れることはありませんでした。

 さて、この隣の男より歌が贈られました。


  つつゐづつ井筒にかけしまろがたけ おひにけらしなあひ見ざるまに

  ((子供の時分に遊んでいた)丸井戸の井戸枠よりも私の背丈の方が高くなったようです 君と会わないうちに)


 女は返しました。


  くらべし振わけがみも肩すぎぬ 君ならずして誰かなづべき

  (あなたと比べあった髪も肩を過ぎました あなたなくして誰がこの髪を撫でて慈しむ人がおりましょう)


 このように度々歌を贈り合い、遂に念願が叶って二人は一緒になりました。

 そして数年経った頃、女の親が亡くなり、仕送りもないまま共に堕落して過ごすのか、否…。と男は河内の国の高安へ行商しに行き、そこで通う女が出来ました。しかしそのことについて妻は不快と思っている様子もなく男を送り出すので、男は他に思う相手がいるからこのような素知らぬふりをするのかと疑い、河内へ行く振りをして庭先の草木に隠れて見ると、妻はたいへんきれいに化粧を施して物思いにふけながら歌を詠みました。


  風吹けば沖つしらなみたつたやま 夜半よはにや君がひとり越ゆらん

  (風が吹けば水面も白波荒れる龍田山 そのような恐ろしい山をあなたは夜も一人で越すのでしょうか)


 そう詠んだのを聞いて、男はこの上ないほど妻を愛おしく思い、河内へもめっきり通わなくなりました。

 さて、久しぶりにあの高安に来てみると、始めこそは奥ゆかしく取り繕っていた女は、今では心が緩み、髪を頭の上で結び額を顕わにしており、いかにも面長な女が自らしゃもじを持って茶碗に盛り付けるのを見て、男は気が進まなくなり女の許へ通わなくなりました。高安の女は大和の方を見て


  君があたりみつつを居らん生駒山いこまやま 雲なかくしそあめはふるとも

  (あなたがいる辺りを見ながら過ごしております 生駒山をどうか雲で隠さないで。たとえ雨が降ったとしても)


 と詠んで外を見ていると、やっとのことで大和の男が訪れようと言ったが、幾つもの夜が過ぎたので


  君來んといひし夜毎よごとにすぎぬれば たのまぬものの戀ひつつぞをる

  (あなたが訪れようと言った夜を幾つも過ぎれば 期待はしないもののこれからもお慕いしております)


 そう言いましたが、男が通うことはありませんでした。


※白波 一、波打って泡が白く見える波。二、盗賊。



【二十三段】

 昔、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でて遊びけるを、大人になりにければ、男も女もはぢかはしてありけれど、男はこの女をこそ得めと思ひ、女もこの男をこそと思ひつつ、親のあはすることも聞かでなんありける。さてこの隣の男の許よりかくなん

  つつゐづつ井筒にかけしまろがたけ おひにけらしなあひ見ざるまに

 女、返し

  くらべし振わけがみも肩すぎぬ 君ならずして誰かなづべき

 かくいひいひて遂に本意ほいの如く逢ひにけり。さて年頃經る程に、女の親なくなりて、便たよりなくなるままに、諸共にいふかひなくてあらんやはとて、河内の國、高安たかやすの郡に、いき通ふ所いでにけり。さりけれど、このもとの女、しと思へる氣色けしきもなくて、出し遣りければ、男、異心ことごころありて、かかるにやあらんと思ひ疑ひて、前栽せんざいのなかに隠れ居て、河内へ往ぬるがほにて見れば、この女いとよう假粧けさうじて、うちながめて

  風吹けば沖つしらなみたつたやま 夜半よはにや君がひとり越ゆらん

 とよみけるを聞きて、限りなくかなしと思ひて、河内へもおさおさ通はずなりにけり。さて、まれまれかの高安にて見れば、はじめこそ心にくくもつくりけれ、今は打ちとけて、髪をかしらにまきあげて、おもながやかなる女の、手づから飯匙いひがいを取りて、けこの器物うつはものに盛りけるを見て、心憂がりて行かずなりにけり。さりければ、かの女、大和のかたを見やりて

  君があたりみつつを居らん生駒山いこまやま 雲なかくしそあめはふるとも

 といひて見いだすに、辛うじて大和人こんといへり。悦びて待つに、たびたび過ぎぬれば

  君來んといひし夜毎よごとにすぎぬれば たのまぬものの戀ひつつぞをる

 といひけれど、男、住まずなりにけり。

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