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昔、
有常は、心美しく、上品なことを好む人柄で、他の貧しい人とは異なり、出世心もなく、貧しくてもなお栄えていた頃の心のまま、世間の常識も知らず清貧に過ごしておりました。しかし、長年連れ添った妻の心は次第に離れていき遂には尼となりました。
先に尼となった姉の許へ行く妻とは誠に睦ましい仲ではなかったのでしょう。それでも今を見限り仏門へ入る妻を哀れと思い、餞別の品を贈ろうにも貧しければ贈る物は何一つとなく、どうしたらとよいかと心の内を語り合える友人の許に、このようなことがありまして、僅かなことさえも出来ずに妻を送り出したのです。と文を書き歌を詠みました。
手を折り
(指を折り年を数えれば 十、十、十…と四十年は経った)
友人はとても痛ましく思い
年だに十とて四つは経にけるを 幾たび君を頼み来ぬらん
(十と言い四つ重なる歳月には 幾度と細君は君を頼ってきたのであろう)
こう言って衣類のほかに寝具まで贈りますと、有常はたいへん喜び
これやこの天の羽衣うべしこそ 君が
(これがあの天の羽衣だと頷ける 君が美しい着物を奉るのも当然こと)
と詠み、更にあまりの嬉しさに
秋やくる露やまがふとおもふまで あるは涙のふるにぞありける
(秋が来たのか露に濡れたと間違えるほど湿った袖は我が喜びの涙が落ちたものであった)
と詠みました。
【十六段】
昔、
手を折り経にける年を数ふれば
この友だちこれを見て、いと
年だに十とてよつはへにけるを いくたび君を頼みきぬらん
かくいひ遣りたけければ、よろこびに
これやこの天の羽衣うべしこそ 君が
よろこびに堪へかねて
秋やくる露やまがふとおもふまで あるは涙のふるにぞありける
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