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 昔、武蔵の男は京で待つ女の許に「貴方に聞かせるには恥ずかしい話でありますが、聞かせないのは後ろめたくて心苦しくなります」と文をしたため、表書きに武蔵鐙むさしあぶみと記し、思いをかけて文を届けた後、なんの音沙汰もありませんでしたが、京より


  武蔵鐙さすがにかけて頼むには 問はぬもつらし問ふもうるさし

  (武蔵鐙にかけて頼むことは 話を聞かないまま文が途絶えてしまうのは心辛くあります。しかし、聞いてしまっては厭わしい心持になります)


 と書かれた歌を見て、やりきれない心地である。


  問へはいふ問はねば恨む武蔵あぶみ かかる折にや人は死ぬらん

  (言わなければ辛いと言い、言えば煩わしいとかかる武蔵鐙 このようにかかってはどうすることもできず人は迷い死ぬのであろうな)


※鐙 乗馬のときに足をかける(足を乗せる)馬具。

刺鉄さすが 鉸具かこに取り付ける金具。ベルトのバックルのように穴を通して固定する針のような部分。



【十三段】

 昔、武蔵なる男、京なる女の許にきこゆればはづかし。聞えねば苦しとかきて、表書うはがき武蔵鐙むさしあぶみと書きて、おこせて後、音もせずなりにければ、京より女

  武蔵鐙さすがにかけて頼むには 問はぬもつらし問ふもうるさし

 とあるを見てなん、堪へ難き心ちしける。

  問へはいふ問はねば恨む武蔵あぶみ かかるをりにや人は死ぬらん

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