前のエピソード――01

　昔、京（みやこ）は奈良を離れ京へと遷られました。この京はまだ人の家も整っていない時のこと、西の京に女がおりました。その女は他の女より優れておりました。特に容姿よりも心が優れておりました。通う男は一人だけではないようで、他にも思う人がいるようでした。

　あのまめな男は語り過ごした帰りに何を思ったのでしょう。

　時は三月上旬。雨はそぼ降り、歌を贈りました。

　　起もせず寝もせで夜をあかしては　春のものとてながめ暮しつ

　　（体を起こすことも眠ることもしないで物思いに夜を明かし　しとしとと降るこの長雨もまた春につきものだと眺めて過ごした）

【二段】

　昔、男ありけり。奈良の京ははなれ、この京は人の家まだ定らざりける時に、西の京に女ありけり。その女世の人には勝れりけり。その人容（かたち）よりは心なん勝りたりける。獨（ひとり）のみにもあらざりけらし。それをかのまめ男うち物がたらひて帰りきていかが思ひけん。時は三月（やよひ）の朔日（ついたち）。雨そぼふるに遣りける。