第2話 はじめてのエアガン

 高校を卒業してから、私はいたって無気力な日々を過ごしていた。

 中学時代から打ち込んだテニス部を引退して、日常に対する熱意を失っていたのだろう。大学入試が終わるまでは、勉強に必死で落ち込む暇もなかったけど。


 高校卒業から大学入学までの、この何とも言えない微妙な期間、私の口からは溜息ばかりが漏れていた。


「ちょっと連れていきたいところがあるんだよなー」


 そんな私を見かねたのか、連絡もなく家にやって来た勇子がそんなことを言った。


「こんな時間から? どこ?」


「行けばわかるって」


「まぁ、いいけど」


 鬱屈とした心を解放するきっかけにはなるかも。こうやって連れ出されないと、自分じゃ外出する気力もなかったし。

 そうやって訪れたのが、駅前にあるARIAというお店だった。一体どんなお店なのだろう。私は看板を凝視する。


「シューティング……バー? バーってお酒を飲むところでしょ? 私達まだ未成年」


「いいのいいの。大切なのはボク達が十八歳だってことだから。さ、いこ!」


 首を傾げる私の手を引っ張って、勇子は店の扉を開く。

 多少の不安を覚えつつも、バーという大人な響きに内心わくわくしていた。


 店内は思ったよりも明るく、想像とは些か趣が異なっていた。縦長の空間にカウンター席があり、その向かいにテーブル席が並んでいる。椅子の数は全部で三十ほどだろうか。すでに何人かが席についていた。


「おや、いらっしゃい。今日は連れと一緒かい」


「店長さんこんばんは! この子が、この前話してた栞だよ」


「は、はじめまして」


 カウンターの奥から声をかけてきたのは、落ち着いた雰囲気を纏う長身の女性バーテンダーだ。一つ括りに結われた腰まで伸びた金髪に、フレームレスの細い眼鏡。小さな泣きボクロが妙に色っぽい。どこぞのハリウッド映画にでも出てきそうな美人さんだった。


「これはご丁寧に。店長の佐々木だ。よろしく」


「よろしく、お願いします」


 彼女の大人っぽい微笑みに、何故か顔が赤くなってしまう。本当に美形な人っていうのは、性別を問わず魅力的なものだから。


「あ、栞照れてるー」


「もう。うるさいなぁ」


 茶化してくる勇子を小突いて、私は壁一面に飾られたたくさんの銃器に目をやった。

 バーといえばお酒が並んでいるイメージだけど、これはいったいどういうことだろうか。


「珍しいかい? 普通の女の子なら、あんまり興味のあるものじゃあないだろうしね」


「えー! 店長、それじゃボクが変な子みたいじゃん」


「そうだよ」


「がーん」


 大袈裟なリアクションをする勇子をよそに、私は物々しい銃器に眉を寄せていた。


「これって、エアガンですか」


「うん。どうかな? せっかく来たんだし、撃ってみるかい?」


「そうそう! 栞も撃ってみようよ。ストレス発散になるよ!」


 ああ、なるほど。だから勇子は私を連れてきたのか。私を元気づけるのと、あわよくば自分の趣味に引きずり込むために。


「まぁ、少しなら」


 正直あまり興味はないけど、気晴らしにはなるかもしれない。


「そうこなくちゃ!」


「店の奥にシューティングレンジがある。今日は初回サービスだ。好きなだけ撃っていくといい」


「やった! 店長太っ腹!」


「もちろん勇子は正規の値段だよ」


「やっぱりー!」


 なんだかよくわからないけど、楽しそうな感じがした。

 ゴーグルを装着してシューティングレンジに入った私は、店長に選んでもらったライフルを手に十メートル先の的と対面した。


「いいかい? 銃は左手と右肩で支える。右手には出来るだけ力を入れないように。照準がぶれるからね」


 背中に密着した佐々木店長が、文字通り手取り足取り教えてくれる。柔らかい体温が伝わってくるし耳元に息がかかるし、こんなんじゃ集中できないよ。


「アイアンサイトは見にくいと思うけど、最初はこれに慣れておいた方がいい。手前にある円と、銃口側にある円を重ねて、その中に的を入れるんだ」


「は、はい」


「じゃあ、やってみて」


 やっと店長が離れた。私は改めて深呼吸し、狙いを定めて引き金を引いた。

 独特な音を立ててBB弾が発射される。十メートル先の丸い金属の的が、気持ちの良い高音を響かせた。


「当たった……」


「へぇ」


 まぐれかもしれない。もう一回、もう一回と、引き金を引く。

 当たったり、外れたりを繰り返しながら、私は段々と感覚を掴んでいく。

 百発も撃つ頃には、じっくり狙って外すことはなくなっていた。


「筋がいいね。初めてとは思えない」


 店長の感想が、私の心を躍らせた。

 まだまだ撃ってみる。命中するたびに響く小気味良い金属音が心地よい。


「これ、楽しいかも」


 何発も何発も、私は時間を忘れて撃ち続ける。


「楽しい!」


 閉店は夜の十一時。

 帰る頃にはすっかり、エアガンの虜になった私がいた。

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