サバゲー女子は勝ちにこだわる

朝食ダンゴ

第1話 ラストゲームのはじまり

「それでは、復活なし殲滅戦! 五秒前!」


 深く息を吸い込んだ。

 少し砂っぽい空気に咳込みそうになりながら、ぐっと堪えてゴーグルの位置を整える。朝には心地よいとさえ感じていたライフルの重みが、今となっては容赦なく右手にのしかかってくる。


 傾きかけた太陽の下。砂敷きの地面は仄かに赤く染まっていた。


「スタート!」


 スピーカーから響く女性の声。

 サバゲー定例会。本日最後のゲームが、今始まった。


「ゴーゴーゴー!」


 開始と同時に、勇子が軽快にスタートダッシュを切る。

 茶色いポニーテールをなびかせる彼女は、私の十年来の親友だ。勇子の後姿は、細身で小柄なくせにチームの誰よりも凛々しい。

 彼女のチェストリグから落ちたマガジンを拾って、私も慌てて後を追った。


「勇! 弾落としたよ弾!」


「サンキュー!」


 言いながらも、勇子が速度を緩める様子はない。


「もう!」


 勇子はMP7を片手に颯爽と駆け、フィールド中央の広場が覗けるバリケードに張りついた。

 この屋外フィールドはCQBテイストになっており、入り組んだ外周エリアと開けた中央エリアに分かれている。中央エリアはいくつもの射線が交差しており、激戦区になりやすい。そんな場所に恐れず飛び込んでいくところが勇子らしかった。


「コンタクト!」


 私がバリケードに到達する前に、勇子は敵を確認して早々に撃ち合いを始めた。ガスブローバックの破裂音が連続し、彼女の体が小刻みに揺れる。あんな反動のある銃をよくも扱えるものだ。

 私は勇子とは反対側のバリケードに張りついた。直後、バチンバチンとBB弾が着弾して、私は肩を竦める。愛用のライフルMC51を構えてはみるが、怖くてバリケードから顔を出せない。


「なにやってんの! 撃ち返してったら!」


「むりむり! 狙われてるもん!」


 少しでも体を出そうものならその瞬間撃ち抜かれそうだ。敵がどこから撃ってきているのかもわからない。


「十三と十四に一人ずついる。ここはボクが引き受けるから、栞は右から回り込んで」


「裏を取るってワケね。オーケー」


 勇子が口にした数字はバリケードに書かれた番号だ。顔を出して確認するまでもなく、そのバリケードの位置は今日一日のゲームで把握している。


「長くは持たないよ。急いで!」


 敵との距離は大体二十メートル。上手い人なら正確に当ててくる。それを勇子もわかっているのだろう。

 私は勇子に拾ったマガジンを投げ渡す。お互いに頷き合って笑い合うと、私はすぐに彼女に背を向けた。


 広場を回り込むルートを、ゆっくりと恐る恐る進んでいく。

 バリケードから一瞬だけひょこっと顔を出すクイックピークを駆使しながら、狭いCQBエリアをクリアリングしていく。


 耳を澄まし、敵の発する音を聞き逃さないように集中する。

 いつもは気にもならない自分の足音がやけにうるさい。砂利の敷き詰められたフィールドだから余計にそう感じるのだろう。

 呼吸は努めて穏やかに。それでも僅かに開いた口から漏れる呼吸音が気になって仕方ない。唾を呑み込む音すら消してしまいたいくらいだ。

 薄いバリケード一枚隔てた向こう側に、敵がいるかもしれない。

 目の前の角を曲がれば、そこに敵が待ち構えているかもしれない。

 思いもよらないところから、射線が通っているかもしれない。


「ヒットー!」


 遠くからヒットコールが聞こえてくる。

 誰のものかはわからない。敵か、味方か。

 五対五の少人数戦において、一人の脱落は大きな損害となる。

 早く勇子の援護に向かわないと。

 慌てず、けれど迅速に。私はやがて目標のバリケード裏が見える地点を確保した。積み上げられた廃タイヤに肩を寄せ、MC51を構える。


「いた」


 二の腕の赤いマーカー。お揃いの迷彩服を着た二人の男女は、今も勇子と撃ち合いを続けていた。お互いに牽制しあって、決定打を欠いているのだろう。

 こちらには気付いていない。絶好のチャンス。私はトリガーに指を掛け、深呼吸。しっかりと狙いを定めて指に力を入れた。だが、トリガーは動かない。

 しまった。セーフティがかかったままだ。

 内心で舌打ちしつつ、親指でセレクターを操作する。

 そして、改めて引き金を引いた。

 一発。二発。三発。

 エアの抜ける音とモーターの駆動音が重なり、秒速八十メートル余りでBB弾を発射する。電動ガンならではの射撃感だ。


「いてっ。ヒットォー!」


 まずは男の肩に命中。彼は大きなヒットコールと共に右手を高く掲げた。

 次だ。女の方も討ち取ってやる。

 そう思って引き金を引いた直後。


「ひっとひっと! ひっとだよー!」


 勇子のヒットコールが聞こえた。

 同時に、私の撃った弾が敵の女性に命中し、彼女もヒットコールを唱えた。

 他からの攻撃を警戒して、私はその場にしゃがみこむ。


「やった。けど、素直には喜べないか」


 一度に二人もダウンできたのは大戦果と言っていいだろう。

 でも、こっちのチームも勇子を失ってしまった。私がセーフティをかけたままなんて凡ミスをしなければ、守れたかもしれないのに。

 いや、悔やんでも仕方ない。まだゲームは続いているんだ。

 勇子がいないのは心細いけど、頑張らないと。

 敵味方に分かれて戦う以上は、勝たなくちゃいけないから。


 新品の愛銃を握り締める。

 負けたら悔しい。負けたら辛い。

 負けたら、みじめだ。

 だから私は、絶対に負けたくない。

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