第3話 勝利の意味
「うわぁヒットーッ!」
またどこかでヒット者が出たようだ。この声は敵チームだろう。
私は男女を倒した後から何もしていない。敵に見つかってしまうことを恐れて、下手に動けないでいる。
「ゲーム終了、五分前!」
スピーカーからの声に肩を震わせる。
そうだ。これは殲滅戦。敵を全滅させないと引き分けになってしまう。
今日の戦績は、五勝五敗三引き分け。このゲームで勝たないと、私達黄色チームの勝利はない。
戦う以上、勝たなければ意味がない。負けたら練習にかけた時間も労力もお金も全て水の泡だ。
やるしかない。意を決して、狭いバリケードの間から進み出る。
「あっ」
「おっと」
角を曲がったところで出くわしたのは、長い髪をお団子にしたデザート迷彩の佐々木店長。驚いて引き金を引いてしまった私の弾を、店長は華麗にかわした。
「ご、ごめんなさい!」
「いいよ。よくあることさ」
メッシュマスクの下に男前な笑顔を見せて、彼女はバリケードに身を寄せた。
「どんな感じだい?」
「序盤に二人討ち取りました。勇を犠牲にしちゃいましたけど」
「いいじゃないか。それも戦術のうちさ」
私は索敵を続ける。敵の気配はない。
「こっちもむこうも、残りはあと二人だね」
「じゃあ私達だけですか?」
「そう。腕が鳴るね」
使い込んだM45A1を振って小さな笑いを漏らす佐々木店長。こんな状況に慣れているのか、余裕のある表情だった。
片や私は、緊張と恐怖で頬を引きつらせている。
「栞」
「な、なんですか」
私の顔を、店長はじっと見つめてくる。
「今、楽しいかい?」
こんな時になんでそんなことを聞いてくるのだろう。
「楽しむ余裕なんてないですよ。勝負なんですから」
私は店長から目を逸らして、バリケードから顔を覗かせる。
「今日はずっとそんな調子だね。ARIAにいる時とは大違いだ」
「そりゃあ……練習と試合じゃ気も入りようも変わりますよ」
言い終わるかどうかのタイミングで、私は数メートル先のバリケードから顔を覗かせる男性を発見した。
「敵っ!」
言いながら咄嗟に隠れてしまう。またやってしまった。今撃っていればヒットがとれたかもしれない。そうでなくても牽制にはなったろうに。
不甲斐ない私に代わって、店長が敵を狙い撃つ。CO2ガスブローバックの鋭い発射音が連続し、木製のバリケードを叩いた。
「あたし達がやってるのは、所詮ごっこ遊び。見た目ばかり立派な銃はBB弾しか撃てないし、バリケードはベニヤのハリボテ。それでもあたし達は、実銃を手に寂れた市街地で戦闘をしていると信じて疑わない。何故なら、フィールドに立つ全員が同じイメージを共有しているからだ。この緊張と興奮は自分だけのものじゃない。対戦相手と一緒に作り上げているものなんだ」
着弾音に混じって聞こえる店長の穏やかな声。接敵した状況でゆっくり話をしている場合なのか。
「ルール上の勝ち負けに囚われる必要はない。朝のブリーフィングでフィールドスタッフが言っていたこと、思い出してごらん?」
私は記憶を辿る。濃い一日だったせいで、つい数時間前のことを思い出すのにも苦労した。
「勝敗はあくまでスパイス、ってやつですか?」
「うん、それそれ」
店長はバリケードに身を隠し、撃ち切ったハンドガンをリロードする。そんな動作の一つ一つが、惚れ惚れするくらい様になっている。
「けど、負けたら悔しいじゃないですか」
M45のスライドが戻り、カチンと心地よい音を立てた。
私がここまで勝ち負けにこだわるのには、一応理由がある。
「インターハイで負けた時の気持ち。半年経った今でも、まだ忘れられません」
六年間真剣に打ち込んだテニスで、私は結果を残せなかった。同級生が遊びや恋愛を満喫している陰で、死に物狂いで努力したのに。青春をテニスに捧げたのに。
「どれだけ頑張っても……頑張ったからこそ、負けた時に失うものは大きいんです」
こんな時に、辛い記憶を思い出させないでほしい。
勇子と店長が定例会に誘ってくれたのは、テニスで負った心の傷を新しい挑戦と勝利で癒すためじゃないのか。
私は知らず俯いていた。敵の位置が分かっていて、その上二対一だ。応戦すれば討ち取れる確率は高いのに、体は動いてくれない。
「まったく」
呆れたように溜息を吐く店長。何を思ったか、彼女はハンドガンをレッグホルスターに収め、ホルスターごと装備を取り外した。そしてそれを、何故か私の太ももに装着し始める。
「あの……店長?」
「いいかい栞。勝ち負けにこだわるのは大いに結構。それは物事に対する正しい姿勢だと思う。ただし」
私の脚にホルスターを取り付け終えて立ち上がった店長は、指貫きグローブに包まれた細い手を私の頭に置いた。
「何をもって勝利とするのか。それをもう一度よく考えて戦いなさい」
「どういう意味――」
言いかけた私を、店長が強かに突き飛ばした。たたらを踏み、隣のバリケードの影で尻もちをついてしまう。疑問に思う間もなく、店長の足下にグレネードが投げ込まれたのが目に入った。
「店長!」
「後は任せたよ、栞」
ガスの噴射音と共に百発以上のBB弾をまき散らす手榴弾。竜巻のように巻きあがるBB弾の餌食になる店長を、私はただ唖然と見ていることしかできなかった。
「ヒット!」
右手を挙げた店長は、嬉しそうな微笑を私に見せると、何も言わずにフィールドを去っていった。
「あ……」
彼女の背中に、敗北の悲壮や悔恨などは微塵もない。それどころか、堂々とした後姿は喜びに満ちてさえいる。
敵にやられてしまったのに、どうしてあんな風にいられるのだろう。
初心者一人だけ残して、チームの勝利は絶望的だ。
所詮はごっこ遊び。だから、負けてもいいってこと?
いや、違う。店長が私に伝えたいのは、もっと別の何か。
「何をもって勝利とするのか」
呟き、立ち上がる。
愛銃を握り締め、大きく息を吸い込む。そうして私は、グレネードを投げ込んだ敵がいるであろう場所に一気に駆けこんだ。
「店長の仇ーっ!」
ダッシュからのスライディングで、バリケードから勢い飛び出す。
いきなりの大声と大胆な行動にびっくりしたのか、バリケードの向こうにいた男性は素っ頓狂な声をあげて固まっていた。
その隙に遠慮なく弾丸を撃ち込む。ニ、三発が命中した後、一拍置いて、男性の口から大きなヒットコールが吐き出された。
「ナイスショット。やるなぁ嬢ちゃん」
重たそうな銃を両手で掲げた男性は、豪快な笑い声をあげてセーフティへと帰っていった。
私はというと、少し舞い上がってしまっていた。敵を討ち取れたこともそうだけど、なにより討ち取った敵に褒められたことが嬉しかった。
彼は、対戦相手への思いやりを忘れないサバゲーマーの鑑だ。
そんなことを考えて、私ははっとした。相手チームの人は対戦相手ではあるけれど、同時に世界観を共有する同志。店長の言葉を思い出す。
敵なんかじゃない。みんな仲間なんだ。
そう思うと、なんだか急に心が軽くなった。あれだけ執着していた勝利も、今は不思議とどうでもいい。
このラストゲームをいかに楽しむか。それが一番大切だ。
「あーそっか。そういうこと!」
やっとわかった。
勇子が私を誘った理由も、店長の言葉の意味も。
「これが、サバゲーなんだ」
難しく考えなくていい。
「楽しい!」
その一言に、全てが詰まっているんだから。
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