後編


―――


「おぉ~すげぇ!この前見た時も思ったけど、やっぱすげぇ~な。」

 仲本がエッフェル塔を見上げながら、感嘆の声をもらす。俺は隣で同じように上を見上げて、『そうだな。』と呟いた。



――ここはフランス、パリ。


 どこに行こうか散々迷った挙げ句、何年か前に皆で行ったパリに決めた。裕と話していて、裕が『そういえばパリに行った時は凄く楽しかったね。初めての海外だったから余計にそう思ったのかも知れないけど。皆はしゃいじゃってね。』と言い出したのがきっかけだった。思い出すのは楽しい事ばかりだったので、また行きたいと思った。

 裕に話すと、『いいじゃん、パリ。僕も行きたいなぁ~、連れて行ってよ。』なんて冗談めかして言うので、二人で爆笑した。


 で、結局その日の夜に仲本に話して、即決でパリに決まったのだった。



 俺は隣の仲本をそっと盗み見た。仲本は日本を発つ時もパリに着いてからもいつも通りで、内心ドキドキしている自分がバカらしくなる。俺はそっとため息をついた。


「辻村?」

「え?な……何?」

「疲れた?」

 不意に仲本が名前を呼んだので振り返ると、心配そうな顔。俺は慌てて手を振った。


「ううん、大丈夫。」

「そっか。なら、いいんだ。」

 ホッとしたような仲本の様子に、俺も胸を撫で下ろした。


「そろそろホテル、帰るか。」

「うん……」

 歩きだした仲本の後ろを少し遅れて歩く。前を歩く彼の背中を見つめ、俺は考えた。


 仲本は本当に、婚前旅行のつもりでここに来ているのだろうか。もしかしたら裕の言う通り、プロポーズされるのだろうか。


 いや、でも……

 俺の知り合いの女の子が彼氏と別れた時、最後に優しくされて舞い上がってる時に突然別れを切り出されたと言っていた。今度の俺の場合も、もしかしたら……


「辻村?着いたぞ。」

「あ、あぁ……」

 気付けばホテルが目の前だった。俺は慌てて、仲本の後から自動ドアを通り抜けた。




―――


「辻村、先に下のレストランに行っててくんねぇ?」

「あ、うん。わかった。」

 部屋に着いてしばらく寛いだ後、食事の時間になったのでそろそろ行こうかな、と思ってた時だった。仲本がジャケットを着ながらそう言った。俺は短く返事をすると、部屋のドアから廊下に出た。ドアを閉める一瞬目が合う。

 すると、仲本はふっと微笑んだ。


「すぐ行くから、待ってて。」

「うん……」

 パタンと閉じたドアをしばらく見つめた後、俺はエレベーターへと足を進めた。




―――


「ごめん、お待たせ。」

 仲本は少し息を弾ませて近付いてくると、俺の向かいの席に腰かけた。


「あ、お願いします。」

 テーブルにやって来たウェイターに一言そう告げると、仲本は水を半分くらい一気に飲み干した。

『かしこまりました。』、と言ってさがって行くウェイターを、俺は呆然と見つめた。


「ん?……あぁ、全部オーダー済み。」

 俺の様子に気付いた仲本は、ちょっと悪戯気な顔でそう言った。俺は『へぇ~』と間の抜けた声しか出せない程、驚いていた。

 あの仲本がこんな事するんだ、とほんの少し感動した。


「よし、食べよーぜ。」

「おぅ。」

 料理が運ばれてきたので、俺達は食べ始めた。そっと仲本を見ると、『うん、うまい!』と言いながら食べている。俺もあまりの美味しさに、舌づつみをうった。


「そろそろ、デザートいく?」

「デザート?」

「うん。ちょっとすみません。例のを。」

 先程のウェイターがやって来ると、またうやうやしく頭を下げて奥へ引っ込んだ。

 しばらく待つと、ワゴンにケーキが乗せられて運ばれてきた。テーブルの脇で止まったそれを見て、俺は目を丸くした。


「これ……」

 ケーキの上には『一周年記念』と書かれたチョコレート。一番小さいサイズのホールケーキだったけど、仲本の気持ちが伝わってきて俺は思わず泣いていた。


「ちょっ……辻村?」

「ごめっ…ぐすっ……」

「泣くなって……」

 仲本の手が伸びてきて俺の頭をなでる。ますます涙が出てきて、俺は俯いた。


「とりあえず食えよ。俺はあんま食えねぇけど。」

「うん。」

 テーブルに置かれたケーキを、ウェイターが綺麗に切り分けてくれる。その一つを皿に乗せて俺の方に差し出してくれたので、俺は一口食べた。

 口の中に生クリームの甘みが広がる。涙はいつの間にか止まっていて、俺は自然と笑顔になっていた。


「やっと笑った。」

「え?」

「今日ずっと冴えない顔してたから。ひょっとして、楽しくなかった?」

「ううん、そんな事ない!」

「そっか。ケーキ、どう?」

「うん、美味しいよ。仲本も食べれば?」

「おぅ。」

 不安そうに問いかけてくる仲本に慌てて否定すれば、ホッと安心した顔。ケーキを進めると、自分の目の前のケーキを一口食べた。


「甘っ!」

「はは、仲本にはちょっと甘いかな。」

「でも、美味いな。」


『甘い』と言いながら半分程食べた仲本は、おもむろに背筋を伸ばして、いつにない真剣な顔になると言った。


「辻村、あのさ……」

「何?」

「これ、もらって下さい。」

 ジャケットの内ポケットから箱のような物を取り出して、差し出してくる。その箱は小さくて四角くて……

 その中身が容易に想像できて、俺の心拍数は上がった。


「え、あの……仲本?」

 戸惑う俺に構わず、その箱を開ける中居。案の定そこには指輪があった。仲本を見るとその真っ直ぐな瞳に見つめられ、顔が熱くなった。


「俺と、結婚して下さい。」

「…仲本……」

 指輪をそっと取ると、椅子から立ち上がる仲本。俺はそんな彼を、目で追う事しか出来なかった。


「これ、作ったんだ。」

 すぐ隣に来て、指輪を見せてくれる。内側を見ると『eternal love to you』と彫ってあり、俺は仲本を見上げた。


「永遠の愛を君に。」

「……え?」

「っていう意味。一応手作り。でもいざやってみると難しくてさ、教えてくれた先生に手伝ってもらったんだ。俺が彫ったのは『love to you』のところ。」

 仲本はそう言うと、照れくさそうに頭をかいた。よく見ればちょっといびつな所があったりして、手作り感があった。

 仲本が一生懸命この文字を彫っている姿を想像して、笑みがこぼれた。


「……受け取ってくれる?」

「もちろん!」

 不安そうな仲本に満面の笑みで答えると、そっと左手を掴まれた。薬指に指輪がはまっていく様子を、俺は幸せな気持ちで見つめていた。


「正式には結婚出来ないけど、俺らだけの誓いっていう事で。俺にもはめてくれる?」

 仲本がもう一つ指輪を出してきて、俺に差し出す。俺は頷いてその指輪を仲本の左手の薬指にはめた。


「これで俺ら、離れられないな。」

「うん!」

 いつもの顔に戻ってそう言う仲本に、俺は勢いよく頷いた。


「今度は新婚旅行、行こうな。」

「うん!どこ行こうかな~」

「考えといて。」


 そんな会話を交わす二人の後ろでは、パリの夜景がきらびやかに広がっていた……




―――


 仲本?疑ってごめんね?俺、本当に不安だったんだ。でも不安にならなくて良かったんだね。お前はこんなにも愛情を注いでくれていた。

 それに気付かなかった俺が、バカだったんだ。


 もう疑わない。信じるって決めた。



 だから仲本、俺もこの指輪に誓うよ。



『eternal love to you』



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