雑踏の中で君を見つけても
―――
この小説は『STAR』が解散してそれぞれソロになった、もしもの世界のお話です。それでも良い方はどうぞ。
―――
雑踏の中で君を見つけても、
自分はきっと知らないフリをするだろう。
会いたくない訳じゃない。話したくない訳でもない。
本当はずっと焦がれていた。もう一度会える日を願っていた。
だけど素直じゃない俺は何処かで君を見つけたとしても、何も見なかった顔をして通り過ぎるんだ。
それでもきっと……
―――
「仲本さん、入られま~す!」
スタッフの声に周りの空気が緊張に包まれる。これから番組が始まるという緊張感と高揚感は、何年のキャリアや経験があったとしても慣れないものだ。それが生放送であろうがなかろうが……
俺もスタッフもいいものを作って届けたいという気持ちでいるからこその緊張感は、今ではなくてはならない日常になっている。
「どうしたんですか?」
「……ん?」
スタジオ前のロビーで休憩していたら、今から始まる歌番組の共演者で古い付き合いのバンドのボーカルが怪訝な顔で聞いてくる。
俺は持っていた煙草の灰がもう少しで衣装のズボンに落ちそうになっているのに気づいて、慌てて灰皿に放った。
「ボーっとして、どうしたんすか?あ、寝不足ですか?あ、そっか。曲作りに忙しかったんですね。」
一人納得したように頷いているそいつを横目に、俺は気づかれないようにため息をついた。
一人の活動になってもうすぐ半年が経つ。長かったようであっという間のような、不思議な時間だった。
生活リズムが変わり、今まで当たり前のように会っていた人達にも会わなくなって、元々小さかった俺の世界はますます小さくなった。
そして一番大切な、これからもずっと一緒にいれると思っていた人の手を離してしまった。見苦しい言い訳をするつもりはない。俺自身が決めた事だから。そして彼もそれを望んだんだから。
それでもやっぱり思わずにはいられない。もっと他に方法はなかったかと。他にも道はあったんじゃないかと。
………でももう、全ては後の祭りだ。
―――
「……あ~、今日はここでいいや。ちょっと歩いて帰りたい気分だから。」
帰りの車の中、窓の外を見ながらそう呟いた俺の言葉に、マネージャーが少し焦った声を出した。
「いやでも、結構人がいますよ。バレたら………」
「大丈夫だって。人が多い方が案外バレないよ。じゃあな。」
ちょうど信号で停まった隙に降りる。何だかんだと喚いているマネージャーの声を無視してドアを閉めた。
「はぁ~、久しぶりだな。街中歩くの。」
最近、というかここ何年も自宅と仕事場の往復で歩くという行為さえしていなかった。俺は帽子もサングラスもしないで、悠々と歩いていった。
会いたいかと言われれば、会いたいと答える。だけど会いたくないかと聞かれたら、会いたくないと答えるだろう。
今はまだ会う時期ではない。かといって、いつなら会えるのかと問われたら、それはわからないとしか答えようがないのだ。
今までずっと支えてもらったくせに、いっぱい幸せをもらったのに、薄情だと怒られるだろうか。だけど俺は嘘偽りなく、そう思ってしまうのだ。
そして彼なら、そんな俺をわかってくれる。そんな甘えた事を思うのだ……
―――
雑踏の中で君を見つけても、自分はきっと知らないフリをするだろう。
会いたくない訳じゃない。話したくない訳でもない。本当はずっと焦がれていた。もう一度会える日を願っていた。
だけど素直じゃない俺は何処かで君を見つけたとしても、何も見なかった顔をして通り過ぎるんだ。
それでもきっと、君なら何十人、何百人の中からこんなちっぽけな俺を見つけてくれる。どんなに離れていようと、あの頃と変わらない笑顔で俺の名前を呼んでくれる。
そう願っているから、背中を向けながらも君の優しい声を期待してるんだ。
雑踏の中で君を見つけても、俺はきっと知らないフリをするだろう。
君からの明るい声を、背中で受け止める事を期待しながら……
「あれ?仲本………?」
.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます