嘘つきは誰?
―――
今日は四月一日。
言わずと知れた、嘘をついてもいいというエイプリルフールだ。
俺はつい先程見たカレンダーを再び見ながら、目の前の体を見上げた。
「で?」
「で?って……大問題だよ、これは!仲本君が、あの仲本君がう、浮気してるんだよ!!」
身振り手振りで騒ぐ晋太を冷たい目で見ながら、ため息をつく。
「はんっ!あの仲本がこんな堂々と浮気するかよ。ここテレビ局だぜ?しかもこれから収録だし。まぁ、堂々とじゃなくても浮気なんか出来るようなタマじゃないけど。」
半笑いで冷たく言い放った俺に、まだ興奮冷めやらない晋太は焦れたようにこう言った。
「だって、僕見たんだ!仲本君とスタッフの女の子が抱き合ってるとこ!」
「………」
思わず座っていたソファーからずり落ちる。だけどそんな内心の動揺を隠すように一つ咳払いをして、晋太を見つめた。
「どうせお前、今日がエイプリルフールだからって俺を騙そうってんだろ?そうはいかないぜ。」
「ちっが~うって!本当に見たんだから!!」
「はいはい。ほら、もうすぐ本番だぞ。行った、行った。」
俺はまだ納得のいってない晋太を無理矢理廊下に出すと、笑顔でドアを閉めてやった。
「仲本が浮気ねぇ~……」
もちろん晋太の嘘に決まってる。あいつは毎年エイプリルフールに、しょうもない嘘をついてきた。だからさっきのも、奴のいつものおふざけに違いない。――だけど……
晋太のあの様子は確かにただならぬものを感じさせた。いつもだったらすぐに『嘘だよ~ん!』って悪戯げな笑顔を見せるはず。それがあの態度。とても演技とは思えなかった。
「……仕方ねぇな…」
俺はため息をつきながら俺達にあてがわれた楽屋を出た。
―――
仲本が浮気をしてるかも知れないっていう少しばかりの不安と、そんなのは晋太のでっち上げ、もしくは冗談っていう大きな可能性を胸に秘めながら俺は前室と呼ばれているスタジオ脇の部屋に入って行った。そこには思った通りの人物がいて、ホッとする。
「よぉ、お疲れ。裕。」
「あ、辻村君。おはよー。」
裕は爽やかに挨拶すると、読んでいた雑誌を脇に置いた。
「あのさ……」
「ん?どうしたの?」
「え~っと……」
何故か言い淀む俺を怪訝な顔で見つめる裕。俺は勇気を振り絞って口を開いた。
「あいつ、知らねぇか?」
「あいつ?……あぁ、仲本君ね。そういえばさっき……」
「?」
突然言葉を途切らせた裕を訝しげに見やる。すると裕は言いづらそうにしながらこう言った。
「仲本君ならさっき、喫煙室にいたよ。」
「何だ、いつものとこか。わかった、サンキュー!」
「あ!辻村君!」
前室から出ようとする俺を慌てて呼び止める。面倒くさいな、って思いながら振り向いた。
「……何だよ。」
「今は行かない方がいいかもよ。」
「は?何で?」
「いや、何でっていうか……うん、これは言った方がいいのかな。ううん、でも……」
いつもハッキリとものを言う裕が何かを躊躇っている。さっきの晋太の言葉を不意に思い出して、引っ込んだはずの不安が蘇った。
何だ?このいや~な感じ……
「いいや!ハッキリ言っちゃおう!!仲本君ならね、喫煙室がある廊下にスタッフの女の子と二人でいるよ。」
「………」
嫌な予感が当たった気がした。
「……またまたぁ~、今日がエイプリルフールだからってお前まで俺を騙そうってか?」
「あ、そっか。今日はエイプリルフールか。」
あっさり返されてしばし無言になる。俺は気を取り直してドアへと歩きながら言った。
「とりあえず行ってくる。」
「……僕は悪くないからね。見たままを言っただけだから。」
背中に裕の呟きを聞きながら、俺はドアを閉めた………
―――
「たくっ!何なんだよ……裕の奴まで俺をバカにしやがって……」
ぶつぶつ呟きながら廊下を進む。すると前から見知った姿が近づいてきて足を止めた。
「よぉ、浩輔!お疲れ~」
「あ、辻村君。おはよう。今日はいい天気だね~」
奴らしい挨拶に体から力が抜ける。だけど今の不安定な俺にはいい薬になったみたいだ。俺は笑顔で頷いた。
「あ、そうそう。さっき仲本君がね、あっちの廊下でスタッフの女の子と二人っきりで何か話してたよ。」
「………」
「でね?僕見ちゃったんだけど、中居君がその子の事……」
「だぁ~~~!!」
突然後ろからでかい声が聞こえたかと思ったら、俺のすぐ脇を物凄い勢いで風が通り過ぎていった。
「な、何?」
目をパチクリさせながら前を見ると、晋太と裕と思われるシルエットが浩輔と思われるシルエットを両側から支えながら走って行く光景があった。
「…………」
何だったんだ?今のは……
一人残された俺は長い長いため息を吐く。そして三たび沸き上がってきた不安を振り払うように頭を振った。
「エイプリルフールなんて日があるからこんな事になるんだ!まったく……浩輔まで俺を……」
そこまで言った所でハッと顔を上げる。いつからいたのか目の前には仲本がいた……
「よ、よぅ!お疲れ~」
「おぅ。」
何も悪い事などしていないはずなのに、何故かどもる俺。一方やましい事をしている(疑惑のある)仲本は平然とした態度。俺はそんな奴の態度にムッとしながら言った。
「お前、さっきまでどこにいた?」
「喫煙室。」
「一人で?」
「うん、まぁ。」
「……へぇ。」
あくまで惚ける気だろうか。それならそれでこっちにも策が……
「あ、仲本さ~ん!」
ピリピリし出したこの場の空気におよそ似つかわしくない声が前方から聞こえる。俺はイライラしながらその声の主を睨んだ。
「あ、辻村さん。お疲れ様です。」
「……お疲れ…」
そのスタッフの女の子は律儀に頭を下げると、ニコッと笑顔を見せた。八重歯が可愛くて目がパッチリして小顔のその子をしばらく見つめていた俺は、さっきから話題に上っていた仲本の浮気相手だと直感した。
「良かった、追いついて。あの、ありがとうございました!さっきは慌てててちゃんとお礼言えなかったから。」
「あぁ、いいよ別に。」
クールに返す仲本がまるで長年の敵みたいに憎らしく思えてくる。
俺の前でイチャイチャするなって!!
「私、そそっかしいっていつも皆に言われるんです。何もないとこで転んだり、知らない内に腕とかに傷作ってたり。だからさっきも仲本さんがいなかったら思いっきり壁に頭ぶつけてましたよ。」
ん……?
「たまたまだって。つぅか、そろそろ仕事戻れば?また怒られるんじゃない?」
……な、何だか話が違う方にいってる…気が………
「あ!ヤバ~イ!!じゃあ、本当にありがとうございました!すみません、辻村さん。お話し中に。では失礼します!」
彼女はまるで敬礼するかのように姿勢を正すと、お辞儀をしながら物凄いスピードで去って行った。
「で?」
「……でって?」
「お前、何か俺に用事あったんじゃねぇの?」
仲本の鋭い視線が眼鏡越しに突き刺さる。俺は穴があったら今すぐ入りたい気持ちで肩を竦めた。
「まぁ、どうせ変な噂話に振り回されてたんだろうが。」
「え?」
「さっきそこで裕達に会った。話聞いてたらバカらしくなってきっつ~いお仕置きしてやったけどな。」
カッカッカっと悪魔のような顔で俺を見る仲本に、俺は思わず震えた。
「辻村のバーカ。お前なんか大嫌いだ。」
仲本の言葉に一瞬唖然となる。だけど次の瞬間見た彼の優しい顔に、不覚にもドキッとした。俺は気を取り直すとスタスタと歩き出した仲本の背中に、ありったけの大声で叫んでやった。
「俺だってお前の事なんか大嫌いだ~~!!」
仲本が足を止めてゆっくり振り返る。そしてベェっと舌を出して笑った。
―――
今日は四月一日、エイプリルフール。
俺が浮気だと疑った場面は、ただ単におっちょこちょいな女の子を体を張って(?)守った男気溢れる彼氏の姿。
晋太のはただの勘違い、裕は見たままを言っただけ。
浩輔は……あいつに嘘はつけない。という事は………
さて、嘘つきは誰?
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