筋肉について
―――
「仲本君さぁ~、最近筋肉ついたんじゃない?」
「は?何だよ、それ……太ったって事かよ。」
「ちが~う!筋肉って言ったの!何か肩の辺りとか二の腕がさ、プチマッチョって感じ。」
「……んだよ、プチマッチョって……」
仲本は晋太の顔を呆れた顔で見ながら、目の前のテーブルにあったコーヒーカップを持ち上げた。
「えぇ~……絶対そうだって。ね?浩ちゃん?」
それでも諦めない晋太は隣にいた浩輔に向かって話しかけた。
「そう言われればそうかなぁ~。でも仲本君ってあれだよね、華奢ってイメージだけど意外と男らしい体してんだよね。骨太なのかな。ね?裕君。」
何だかリレー形式になってきた会話に心の中で苦笑しながら裕は振り向いた。
「まぁ確かに仲本君って程よく鍛えてるよね。普段テレビでは何にもしてないって言ってるけど、それなりに運動してるし。っていうか、良い意味でも悪い意味でもお肉はつきやすいのかもね。晋太はどう思う?」
一周まわって自分のとこに来たバトンを満面の笑みで受け取った晋太は、待ってましたとばかりに大声で言った。
「そうそう!そうなのよ、流石裕ちゃん!ちょっとサボるとす~ぐぶよっちゃうくせに、本気出したら凄いんだから!!」
「………あのさ、さっきからお前ら何の話してんの?」
「え?何って仲本君の筋肉の話。」
「それはわかってんだよ!っていうかさぁ~……」
「何?」
頭に疑問符を浮かべてる晋太を睨みながら、仲本は顔を真っ赤にした。
「恥ずかしいんだよ!バーカ!!」
「あ!仲本君!!」
耐えきれなくなった仲本は、無造作に置いてあった荷物をひっつかむとダッシュで部屋を出た。もちろんドアに向かう途中に晋太の頭を殴るのも忘れずに……
「いってぇ~~~!!」
自業自得な晋太の叫びがしばらく廊下にこだました。
―――
「はぁ……ただいま。」
玄関で靴を脱ぎながら小さく呟く。軽く肩を回して廊下を歩きながら、ふとさっきの晋太の言葉を思い出していた。
「筋肉か……」
無意識に二の腕の辺りを触りながら、小さく笑みをこぼした。
美味いものを見れば食べたくなるし、そんなに我慢できるタイプじゃない。だけど自分の許容範囲は越えないように調整はするし、ライブの時には絞ったりするのは当たり前だ。
自分では気付いてなかったけど、人の事をよく見てる晋太が言うんだからあながち間違ってないのかも知れないって思って、また唇が緩んだ。
「辻村~、ただいま。……ってあれ?」
今日は辻村だけ早く終わって何だか淋しそうにしてたから家で待っていてくれと言ったのに、肝心の辻村の姿がない。あちこち視線をさ迷わせていたらソファーに横になって寝ている辻村を見つけた。
「何だよ、寝てんのか……」
『お帰り』と優しく微笑む顔を期待していたのにあてが外れてちょっとガッカリしたが、仲本はそのまま辻村の前にしゃがみこんだ。
「アホ面だなぁ~、『STAR』のエースが聞いて呆れるな。」
口を少し開けて子どものようにすやすや寝ている辻村の鼻をツンと弾く。その時一瞬眉間に皺がよって起きそうな気配だったが、またすぐに寝息をたてたのを見て仲本は立ち上がった。
「こんなとこで寝たら風邪引くぞ~」
そう言いながら頭の下と膝の裏に手を入れていわゆるお姫様抱っこをした仲本は、『よいしょっ』と声を出した。その瞬間脳裏によぎったのは晋太達の言葉。仲本は辻村に聞こえないよう、小さく笑った。
「こんな事ばっかしてたら嫌でも筋肉つくよな。」
実は最近忙しくて帰るのはいつも夜中。気遣いな辻村はなるべく起きて待っててくれるが、待ちきれなくて先に寝てる方が多い。
ベッドで寝りゃいいのにいつもソファーで寝るもんだから、こうやって運んであげてるという訳だ。
っていうか本当はベッドまで運んで欲しいから、わざとソファーで寝てるっていう辻村の無言のメッセージに気付くまでちょっと時間はかかったが。
そしてゆっくりベッドに降ろすタイミングで目を開ける辻村にこう言うのも毎回の事だ。
「ただいま」
言葉はなくてもその微笑みだけで充分だと、仲本は改めてそう思ったのだった………
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