目は口ほどに物を言う


―――


「つ~じ~むら~くぅ~ん♪」

「おわっ!何だよ、晋太!気持ち悪い顔して……」

「ひどっ!僕、気持ち悪くなんてないし。つぅかそんな事言う辻村君にはこれあげな~い。せっかく優しい僕が届けにきてあげたのに。」

「え?」

 突然現れて変な声で近付いてきた晋太を明らかに気持ち悪い物を見る目で見ていた辻村は、晋太が掲げた何かのカードに視線をやった。


「何、これ。」

「仲本君からのプレゼントなんだけどなぁ~いらないのかな、辻村君は。」

「えっ!?」


『仲本からのプレゼント』っていうフレーズに、辻村は思わずそのカードに手を伸ばした、が……


「僕の事気持ち悪いとか言う人にはあげな~い。」

 そんな意地悪な事を言ってそのカードを取られないように腕を上げる晋太を、辻村はギロリと睨んだ。が、ふと気付いて視線を下げた。


「……悪かったよ…」

「ふふ。冗談、冗談。はい、これ。」

 案外あっさり渡されたそのカードを、辻村は頭を下げたまま受け取った。

「じゃあ僕は役目果たしたからね。バイバ~イ♪」

「お、おう……」

 辻村は正に狐につままれたような顔で晋太の後ろ姿を見つめた。


 そしてしばらくしてハッと我に返ると、辻村は手元のそのカードに視線を移した。

「……控え室を出て右に行け?」

 カードにはそれしか書いてなかった。辻村は頭に?マークを浮かべながら、『まぁ、仲本の事だから何か意味があるのだろう。』と考えて、とりあえず帰り支度を整えると部屋から出た。


「右に曲がって~……って何だあれ?」

 指令(?)通り控え室を出て右に行くと、廊下を真っ直ぐ行った突き当たりの壁に何か矢印のようなものが見えて、辻村は立ち止まった。そして早足で近付くと、じっとその矢印を見つめた。


「左って事?」

 そう、その矢印は左を向いている。辻村は何となくドキドキしてきている自分の心臓を押さえながら、左に曲がった。

 そして分かれ道がくる度に壁に張られている矢印に従って歩いていく間、段々とそのドキドキは大きくなって、ある一室にたどり着いた時には身体が全部心臓になってしまったかのように脈打っていた。


「会議室……」

 そう、そこは仲本がいるはずの会議室だった。ホントは晋太から受け取った時から気付いていた。このカードはここに来るための、道しるべだって事。

 だって今日は………


「ゴール!!」

 愛しい声が頭の上から降ってくる。辻村はドアを開けた格好のまま、温かいぬくもりに包まれた。


「つぅか、おせぇ~よ。待ちくたびれたよ。」

「仲本……」

「おめでとう、辻村。」

『何が?』なんて聞くのは野暮だ。シャイなこいつの、精一杯の言葉なのだから。


「ありがと……」

 そして素直じゃない辻村の、精一杯の返事。

 二人はドアを閉めるのも忘れ、しばらくじっと抱きしめ合っていた……


「ていうか、この趣向は何だったの?」

 廊下を誰かが歩いてくる気配を感じて慌ててドアを閉めた二人は、そのままソファーに移動した。いまだに手にしっかりと握りしめていたカードを見せながら、辻村は隣の仲本を見た。

「何って……こうでもしないとお前、こねぇ~だろうが。」

「うっ……」

 図星を指されて辻村は視線を泳がせた。

 素直じゃなくて強がりで可愛くない自分を、辻村は自分で嫌というほどわかっている。

 特に目の前の男に対しては……

 だから自分の誕生日に自分から言い出す事など出来ないし、ましてや恋人を誘うなんて事逆立ちしても無理だろう。それをわかっているからこそ、隣でニヤニヤしている仲本が憎らしくてしょうがないのだ。


「気持ち悪い……」

「ひどっ!俺気持ち悪くなんてないし。」

「ふはっ!!」

 数十分前の晋太と同じセリフに、辻村は思わず噴き出した。

「…んだよ……」

「ごめん、ごめん。思い出し笑い。」

 あからさまに不機嫌な顔で見てくる仲本を尻目に、辻村はツボにハマった様子でケラケラと笑い続けた。


「ちっ!気に入らねぇ……」

「え?何っ……」

 涙まで流しながら笑っていた辻村の耳に、隣から舌打ちと本当に機嫌悪い時に出す低い声が聞こえる。『ヤバい』と思う間もなく、顎を掴まれ否応なしに上を向かされた。


「……んっ!」

「ふんっ!……帰るぞ。」

 唇が離れた一瞬合わさった瞳が鋭く光る。辻村が感じたのは冷や汗と、それとは違う身体の奥から滲み出てくる熱だった。


「……ケーキあるから。行くぞ。」

 口下手な恋人の素っ気ない誘いの言葉に黙って頷く自分を、心の中で笑いながら辻村は荷物を持って立ち上がった。


「ほら早く。」

 ドアの所で待っていた仲本が手を差し出してくる。辻村は思わず目を丸くして仲本を見た。


「……」

「………」

 見つめ合った後どちらからともなく笑顔を見せると、二人は手を繋ぎながら部屋を出た。


 そして後には幸せオーラを無意識に振り撒きながら歩く二人に遭遇した可哀想な人間達の屍が、廊下を埋めつくしていたとかいないとか……




―――


『目は口ほどに物を言う』


 先人の言葉は、決して馬鹿にしてはいけない……



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