Happy Valentine♪
―――
「あ~疲れたぁ……って何だ、この匂い。」
俺は玄関のドアを開けるなり鼻に飛び込んできた甘い匂いに顔をしかめた。そしてリビングから漏れてくる灯りと綺麗に揃えられている靴に気付いて、そのしかめた顔はすぐさま微笑みに変わる。
「辻村~ただいまぁ。」
俺ってこんなわかりやすい人間だったっけ?と密かに苦笑しながらリビングのドアを開けた。
「あ、お帰り。」
辻村はキッチンで何やら作っているようで、部屋に入ってきた俺に一瞬顔を向けたがすぐに下を向いてしまった。
「…………」
そんな態度の辻村に意味なくムッとしながら、俺はカバンと上着をソファーに放り投げた。
「……なぁ~?」
「おわっ!びっくりしたぁ~……」
わざと気配を消して後ろから近付いて声をかけると、辻村は面白いくらいに跳び跳ねた。俺は笑いながらそのまま後ろから抱き締める。
「ちょっ!火使ってんだから危ねぇよ……」
「お前が気をつけてたら大丈夫だよ。」
「……たくっ!」
何だかぶつぶつ言いながら鍋のものをしきりにかき混ぜている辻村に俺は聞いてみた。
「さっきから甘い匂いしてんだけど、それってもしかしてチョコ?」
「うん。」
「何で?」
「何でってお前……」
「あぁ!バレンタインか。なるほど。」
「何納得してんだよ。言っとくけどこれ、お前のじゃねぇからな。」
「は!?じゃあ誰に……」
思わず抱き締めていた手を離して辻村を見る。そしたらちょうど辻村の赤くなった耳が目の前にあって、俺は我慢できずに吹き出した。
「ふはっ!」
「な、何で笑うんだよ!つぅか離せ!苦しいんだよ!」
「なぁ?チョコもいいけどさ。」
「…………」
「いい加減こっち向いてよ。」
いまだにちゃんと顔を見れてなかった事を思い出してそう懇願してみる。しばらく黙ったままだった辻村はやがてふぅ~とため息を一つつくと、コンロの火を消して俺の腕のなかで器用に振り向いた。
「俺のチョコなんだろ?」
「……違う。」
「へぇ~、じゃあ誰に渡すんだよ?正直に言わねぇとずっとこのままだぞ。」
振り向いた辻村の肩を引き寄せてさっきよりきつく抱き締める。一瞬固まった辻村だったが覚悟を決めるようにまた溜め息をついた。
「わかってるくせに……」
「素直じゃねぇな。」
「どうせ俺は可愛くねーよ。」
「素直じゃねぇっつったんだよ。可愛くねぇ訳ねぇじゃん。」
俺的には自信満々に言ったセリフだったのだが、辻村は何故か呆れた顔をした。
「ん?」
「いや、別に……」
「まぁ、いーや。何となく言いたい事わかるし。それよりさ……」
辻村の肩越しに見えたチョコが醸し出す甘い匂いに誘われるように言葉が口をついた。
「チョコより欲しいもんがあるんだけど、もらってもいい?」
抱き締めていた体を離してそう言った瞬間、辻村の顔から火が吹いた。
「……別にいいけど。」
微かに届いた辻村の声に、俺は密かに笑った。
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