自分が一番!


―――


 ある日のレコーディングスタジオの控え室にて――


 その日は珍しく朝早くから五人全員が揃っていた。スタッフは珍しい光景に最初は驚いていたものの、五人の間に流れるどこか暖かい空気に微笑ましくなり、遠巻きに様子を見ながら仕事をしていた。


 と、そんな和やかな空気を破る声がその場にいる全員の耳を直撃した。


「ぜっってぇ~俺だって!」

「いや、僕だよ!」

「俺だって!おい、お前、末っ子だからって調子こいてっと痛い目みるぞ!」

「ふん!そっちこそ、同い年だからって偉そうに。」

「あ?んだと!?」

 さっきまで二人でソファーに座って何やらこそこそ内緒話をしていた辻村と晋太が急に大声で喧嘩を始めたのだ。

 スタッフはもちろん、メンバーも何事かと二人を見た。若干一名を除いて。


「だから晋太!この際だからハッキリ言っとくぞ。お、れ、の!方が仲本を思う気持ちが大きいんだよ。つぅか、俺達付き合ってんだから。だからお前は早く諦めて、さっさと他に好きな子でも作れよ。」

「何言ってるの、辻村君。僕の方が仲本君を好きだから。辻村君の方こそ諦めてよ。」

「お前の方こそ何言ってんだよ!」


「ねぇねぇ、また始まったよ、裕君。」

「うん、始まったね。最近大人しかったから忘れかけてたけど、あの二人が揃うとこうなるんだったね。」

 鏡の前に座って髪の毛を直していた裕と近くの椅子に座ってボーっとしていた浩輔は、二人で顔を見合わせて溜め息ついた。

 スタッフも久しぶりに聞いた二人のやり合いに、苦笑いを浮かべる。そして、助けを求めるようにある人物に視線を向けた。


 こちらに背を向けて一人がけのソファーに座っていた人物が読んでいた譜面からゆっくり顔を上げる。その時、微かだが黒いオーラみたいなものが見えた気がして、浩輔は思わず身震いした。


「だから、俺が!」

「違うって!僕が!」

「「仲本(君)を一番好きなんだよ!」」


 しーーーん…………

 一瞬控え室の空気が止まる。その瞬間裕は自分の寿命が縮まる覚悟をした。逃げ出したいのに足が床に張り付いたみたいに動かない。隣を見ると浩輔も目を見開いて固まっていた。スタッフもしかり。


 そして当の二人も自分達の発言にハッとして、首をギギギッと音が聞こえそうな勢いで動かしてある一点を見つめた。


 そこには世にも恐ろしい、閻魔様……もとい、黒いオーラを惜し気もなく発散させている、我らがリーダー、仲本亘がいた。


「……辻村、晋太。」

「「は、はいっ!」」

「ここ、控え室。今からレコーディング。スタッフは忙しく働いてるし、こっちは見ての通り譜面読んで予習してんの。ぎゃあぎゃあうるせぇし、集中できねーっつぅーの。今日の収録散々だったらおめぇらのせいだかんな。騒ぎてぇなら、外出てやれ。迷惑だ。」

 仲本はそう一気に捲し立てると、一度も振り向く事なくまた譜面に目を通し始めた。


「………そ、そろそろスタジオ行こうか、浩輔。」

「そうだね、裕君……」

 やっと呪縛から逃れた裕と浩輔は、二人手と手を取り合って控え室から逃げた。そしてスタッフもしかり。


「……あ、あの仲本?」

「仲本君?あの、ご、ゴメンね?」

「悪かったよ、邪魔して。でもさ……」

「ごちゃごちゃうるせーな!邪魔だ!二人とも出てけ。」

 絶対零度の顔を向けてそう言い放つ魔王……もとい、仲本に二人は反射的にソファーから立ち上がると一目散にドアへと走った。


「「し、失礼しました~!」」

 そのままバタンとドアを閉めると、へなへなとしゃがみこんだ。


「あ~~、ビビったぁ。」

「うん、怖かったぁ~迫力あったね。」

「でもさ……」


「「怒った仲本(君)もカッコイイ~~~~!!!」」


(ダメだ、こりゃ……)


 控え室の中ではドリフの台詞をため息混じりに呟いた仲本が、頭を抱えていたのであった……



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