いつもと違う朝
―――
「ぷはーっ!うまい!もう一杯!」
「仲本君、もうやめなよ。飲み過ぎだって。」
「いいの!飲まなきゃやってられないっつーの……」
ぶつぶつ言いながら自分でビールを注いだ。
ここは俺達がよく来る行きつけの居酒屋。俺はレコーディングが終わってすぐに打ち上げと称して晋太と浩輔を無理矢理引っ張ってきたのだ。隣でつまらなさそうに飲んでいる浩輔を横目に、またジョッキを一気にあおった。
「あぁ~!晋太、注げ!」
「も~う!だから飲み過ぎだってば!明日もレコーディングなんだから、声が出なくて困るのは自分だよ。このくらいでやめときなよ。」
晋太が俺のジョッキとビールの瓶を横取りして生意気にも説教する。俺はぎろりと睨んだ。
「何だよ、お前。俺に意見する気か、あぁ?俺を誰だと思ってんだ。ボーカルだぞ?リーダーだぞ?偉いんだぞ!わかってんのかぁ~!」
「はいはい、わかってますよ。……ちょっと~浩ちゃん。どうにかしてよ、この人。もう俺じゃ手がつけられないって!」
「ほっとけば。気が済むまで飲ませたらいいじゃん。じゃあ僕、そろそろ帰るね。後は頼んだよ。」
「え~!?ちょっと待ってよ!」
「何だよ、浩輔ぇ~!お前もう帰んのかぁ?」
「うん。明日のレコーディングの順番、僕が一番最初なんだ。寝坊するとヤバイからもう帰るよ。」
「まぁじかよ、お前~……もっと飲んでけよ、冷たい奴だなぁ。」
「ごめんね、じゃ。」
俺の絡みにも動じずあっさり断り、浩輔はさっさと帰っていった。
「何だよ、あいつ……少しくらい付き合ってくれてもいいじゃんよぉ。なぁ?」
「そうだね……」
「あ~あ……なぁ~んか最近変なんだよな……」
俺はそう言ってテーブルに勢い良く突っ伏した。晋太が俺の方を向く気配がする。
「変って……何が?」
「うん?何かさ、モヤモヤするっつぅか、イライラするっつぅか……何となく心臓んところがざわざわするし。なぁ?俺何かの病気かな。」
顔を上げると晋太の困ったような瞳と目が合った。
「病気っていうか…それってたぶん……」
「ん?」
「仲本君……本当に何も気づいてないの?」
「何が?」
「いや、別に何でもない……」
その表情のまま目を逸らす。俺はそんな晋太の様子を不思議に思いながら、取り返したビールを一気に飲み干した。
―――
「……ん…あぁ~~!あったまいってぇ……」
次の日の朝、俺は頭が割れる程の痛みで目が覚めた。
「やっべ……昨日飲み過ぎたよ。声出るかな……」
寝ぼけ眼でようやくベッドに起き上がる。しばらくボーッとしていると、意識がはっきりしてきた。ベッドから出ようと足を床につける。その時ふと妙な事に気づいた。
「あれ……?布団じゃ、ない?」
俺んちはベッドは一応あるがいつも万年布団で、例えどんなに酔っ払って帰ってきても朝には必ず布団で目を覚ますのだ。生まれた時から布団で育ってきたからもう習性になっているのかも知れない。だが今はベッドに寝ていた。俺は恐る恐る自分の置かれている状況を把握しようと頭を働かせた。
見慣れない天井、見慣れない部屋。布団じゃなくベッドに寝ているという事実……
そして異変を感じて自分の格好を見ると、何と信じられない事にハダカだった!
「な、何で!?何で俺こんな……どうしたんだ、一体!」
勢い良くベッドから出る。幸いパンツは履いていたから、取り敢えず部屋の中を歩き回ってみた。
「う~ん……まったく記憶がない。はっ!もしかして俺、酔っ払って見知らぬ人の家に……?うわ~!」
俺はもうパニック状態になって部屋の真ん中で頭を抱えた。
「あ、起きた?」
その時部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。俺は文字通り飛び上がって、ロボットみたいに首をギギギッと後ろに回した。……ん?でもこの声、どこかで聞いたような……
「晋太!」
「おはよー、仲本君。……ってどうしたの?」
「いってぇ……」
自分で出した声が頭に響く。一瞬立ち上がったがあまりの痛さにまたしゃがみ込んだ。心配そうな顔で近づいてきた晋太は、手に持っていたコーヒーカップを差し出してきた。
「あぁ、サンキュー」
そのままの姿勢で熱いコーヒーを飲むと大分落ち着いてきた。
「……で?」
「ん?」
「どうして俺がこんな格好でお前の部屋にいる訳?」
責め口調で晋太を睨みながら問い詰める。俺だって健全な男だ。男と、何だ……そういう関係になって取り乱さない方がおかしい。しかも相手が相手だし……
「どうしてって……覚えてないの?」
「まったく。」
「そっかぁ……ショックだな、全然覚えてないのかぁ……」
「えっ!?何があったんだ、何が!ま、まさか……」
「……あはは!何その顔。必死過ぎでしょ。」
「へ?」
「昨日酔いつぶれた仲本君を僕がここに連れてきただけ。ほら僕、仲本君の家知らないし。」
つい今しがたまで俺が寝ていたベッドに腰かけると、何故か少し顔を曇らせた。そっか。今住んでる部屋の場所、こいつに教えてなかったっけ。
「じゃ、じゃあハダカなのは何で……?」
「自分で脱いだんじゃないの。『暑い~~!』って言って脱ぎ始めてそのままベッドで熟睡。だから僕はソファーで寝るしかなかったの。あ~あ、お陰で背中やら腰やら痛くて、痛くて……今日ドラム叩けるかなぁ~」
「ご、ごめん。悪かったよ……」
今度は逆に責められる立場になって俺は小さくなった。
「冗談だよ、冗談。からかっただけ。仲本君をからかうなんて滅多にないからちょっと調子に乗りました。」
「たくっ……!」
笑いながら頭を下げる晋太に力が抜ける。そのまま床にへたり込んだ。
「あ!服は?俺が着てた服!」
何もなかった事がわかって安心した途端、急に寒さを感じて身震いする。そう言えばハダカだったと思い出して俺は立ち上がった。
「あぁ、昨日の服だったら洗濯しちゃったよ。汗かいてたみたいだったし、お酒くさかったしね。」
「マジか……つぅか、今何時?」
「え?十時だけど。」
「やっべぇ~!レコーディング始まる!げっ!マネージャーから超着信入ってやがる……」
枕の脇に妙に丁寧に置かれている携帯を見ると、恐ろしいくらいの着信数が目に飛び込んできた。そして今の時刻は晋太の言う通り十時……いや、十時一分……
「何で起こしてくんなかったんだよ!レコーディング十時からなんだぞ!お前だって遅刻だろうが。」
「だって僕の順番最後なんだもん。それに仲本君の入り時間なんて知らなかったんだし。」
「くそっ……家に戻ってる時間はねぇな。仕方ない。おい、晋太!」
「な、何?」
振り返って晋太を見ると、俺の勢いにビックリしたようでベッドの上で後ずさった。
「お前の服貸せ。」
「は?」
「何でもいい。ほら、早く!」
「ちょ、ちょっとぉ~洗濯してあげた事に対しての感謝はない訳?」
「はいはい、ありがとさん。ってそれより早く!」
「わかりましたよ……」
渋々といった感じで奥の部屋へと消えていく。俺は『寒い』と『早く』を連発しながら、晋太が戻ってくるのを待った。
「はい、お待たせ。」
「おぉ。サンキュー」
晋太から服を受け取り早速着てみる。そしてはたと思い止まった。晋太は俺より少しばかり背が高い。つまり袖や裾が余るのは必然だという事だ。
悔しげに顔を歪ませて晋太を見ると、笑いを堪えていたので軽く頭を殴っておいた。
「いったぁ……酷いよ、仲本君!」
「うるせぇ。とにかくこれで我慢してやる。」
そう言うと袖をくるくると捲った。
「ねぇ、早く行かないとヤバイんじゃないの?」
「げっ!そうだった……じゃ、世話んなったな。この服洗って返すから。」
「あ、仲本君の服は?」
「今度スタジオに持ってきてくれよ。そん時俺も持っていくから。物々交換だ。」
「何?物々交換って。」
思わずといった感じで噴き出した晋太の顔を改めて見ると俺は言った。
「ホント、ありがとな。じゃ後で。」
「うん。」
玄関まで送ってくれた晋太に軽く手を挙げると外に出た。
ドアが閉まる直前に見た晋太の悲しげな表情が気になったが、急いでいた事もあって深く考えないままスタジオへと向かった。
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