高鳴る鼓動


―――


 あれから数日後、俺らはそれぞれ別々の場所にいた。あの時以来五人が一緒になる事はなく、俺達の間には今までにない空気が流れていた。……まぁ、そう思っていたのは俺だけなんだろうけど。


 裕は曲作りの為にスタジオに籠っていて浩輔は今日は休み。辻村は一人で雑誌のインタビューを受けている。そして俺は晋太と次のライブの最終打ち合わせで事務所にいた。

 基本的に俺達『STAR』のライブは俺か晋太が演出を任されていて、今度の武道館ライブは二人でやる事になっていた。


「仲本君……」

 打ち合わせの最中なのに椅子に凭れてボーッとしていた俺に、晋太のちょっと怒ったような声が届く。慌てて椅子から体を離すと、机に置いておいた晋太が作った企画書に目を戻した。


「悪い……聞いてなかった……」

「あのさ、話したい事があるんだけど……ちょっといい?」

 またいつものように『ちょっとぉ~!ちゃんと聞いてよ~』って感じで明るく冗談っぽく返される事を期待していた俺に聞こえたのは、晋太の思い詰めたような声だった。パッと顔を見ると表情も固い。そんな晋太のただならぬ様子に俺は素直に頷いた。

 すると晋太は無言で椅子から立ち上がると部屋のドアに向かって歩き出した。慌てて追いかける。一緒にいたスタッフが驚いた顔で俺達を見た。


「ちょっ……待てって!晋太!お前足早いよ。」

 俺より少しばかり身長が高い上に、足も当然長い。脇目もふらずすたすたと先を歩いていく姿を見ながら俺は必死で晋太の後を追った。


「ここなら誰もいないから……」

 着いた所は今は誰も使っていない部屋。それでも晋太は注意深く中に誰もいないのを確認してから入っていった。


「おい、晋太。話って?」

「仲本君。本当にいいの?」

「は?何がだよ……?」

「辻村君の事。」

「辻村!?」

 晋太の口から辻村の名前が出てきて、思わずでかい声が出た。


「そう、辻村君の事だよ。仲本君はこの間あぁ言ってたけど、本当はどう思ってんの?」

「どうって……言われてもなぁ。」

 俺はチラッと晋太を見た。いつもの笑顔がなく、真剣な顔で俺をずっと見つめている。


 二十年も側にいてこいつのこんな真剣で固い表情を見た事があっただろうか。――目を逸らすタイミングが掴めずにずっと晋太と見つめ合っていた。


「ふっ……何そんなに僕の事見つめてんの。」

 どのくらいそうしていただろう?晋太の方が先に目を逸らし、いつもの顔で笑う。それを見て俺も小さく笑ってみせた。

「この間さ、仲本君言ってたじゃん。今回の辻村君の事、俺がどうこう言える事じゃないって。」

「あ、あぁ……本当にそう思ってるし俺らマジでいい歳だしさ。辻村にとってはめでたい事なんじゃないの?」

「本当にそう思ってんの?」

 疑いの目で俺の事を見る。俺は深く頷いた。


「そっか。ならいいんだ。ごめんね、変な事聞いて。」

「いや、別にいいよ。じゃ戻ろうぜ。」

「仲本君。」

「ん?」

 出て行こうとする俺を晋太が呼び止める。俺はドアに向けて歩き出そうとしていた姿のまま振り返った。


「仲本君……」

「何だよ。」

「あのね、僕……」

 苦しそうに顔を歪ませながら下を向く。俺は待ちきれずに晋太に近づいた。


「何か言いたい事あるんだろ?言えよ。」

「ううん、やっぱりいいや。先行ってるね。」

「お、おい!」

 急に顔を上げて大声でそう捲し立てると、俺の前を勢い良く通り過ぎて行ってしまった。


「……晋太、ごめんな。」

 数ヵ月前、晋太に告白された事を思い出してそう呟く。あの時俺はきっぱり断った。最近少し変だった辻村の事が気になっていてそれどころじゃなかったから。

 晋太は一瞬悲しげな表情になったが、昔のような無邪気な笑顔で『わかってたから。』って言ったんだ。そしてその後はお互い何も言えずに別れた。


「俺は、ズルいな……」

 次に会った時の晋太の態度がいつも通りだった事につけこんで、今までのように普通に接してきた。でもさっきの晋太を見るとずっと一人で悩んでいたのだろう。


「ごめん……」

 後悔の念に苛まれて、しばらくそこから動けなかった……




―――


 あれから一週間が経って久しぶりに五人全員がスタジオに揃った。俺は何となく皆と顔を合わせるのが気まずかったが、思い切って足を踏み入れた。


「あ、仲本君!遅いよ、もう!遅刻ギリギリ。」

 晋太が俺を見つけるなり、いつもの明るい声を出す。俺はそれに内心ホッとしながら辻村の姿を探した。ソファーに座って楽譜と睨めっこしている辻村は集中していて俺の事には気づいていない。

「仲本君、こっちこっち。」

 晋太が俺の手を取り、無理矢理自分の隣の椅子に座らせる。昨日の事がふと頭を過ったが大人しく椅子に収まった。


「お前早いなぁ、珍しく。」

「珍しくって何よ、珍しくって。僕だって早起きくらい出来るんですぅ~」

「あ~、そうですか。それは悪うございましたね。」

 晋太と漫才みたいなやり取りをしながら目の端で辻村を捉える。俺らのうるさい声にも構わずに一心不乱に楽譜に目を走らせていた。

 家で散々練習してきただろうに真面目だなぁ。ボーッとそんな事を思いながら辻村を見つめていた。


「……ん?何だ、仲本来てたのか。つぅか、俺の顔に何かついてる?」

「へっ!?い、いや……何でもねぇよ。」

「何だよ……変な奴。」

 辻村が小さく溜め息をついて再び楽譜に視線を落とす。俺は何故かバクバク跳ねている心臓を抑えるのに必死だった。


「どうしたの?大丈夫?」

 晋太の問いかけにも答える事が出来なかった。



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