認めたくない気持ち
―――
「なぁ~んか、すっきりしない……」
俺はレコーディングが終わってすぐに昨日の居酒屋に来ていた。いつもの席でビールをあおる。知らずに溜め息が出た。
「はぁ……」
「あれ、仲本君。」
「ん?」
後ろから不意に声をかけられて、枝豆を口に含みながら振り返った。
「うおっ!ゆうじゃんっ!」
「どうしたの、珍しく一人で飲んで。晋太は?」
「ん~?晋太には断られた。誰も付き合ってくれないから一人で寂しく飲んでるの!」
ふて腐れながらビールを飲む。裕はクスクス笑いながら隣に座ってきた。
「何かあったの?最近変だよ?」
「変……っていうか、うん、そうか。俺って変か……」
「何訳わからない事言ってんの?本当に変だよ?いつもの仲本君じゃないもん。」
「う~ん、何つぅかさ、こう……心の中がモヤモヤしてて、霧がかかってるつぅか。何となく寂しい気持ちになって隙間風が吹いてるちゅ~か、さ……」
「ふ~ん……」
二人の間に沈黙が走る。顎に手を当てて何か考えてるような裕を横目で見ながら、俺は今日の事を思い出していた。
―――
三十分も遅刻した俺は浩輔にねちねちと怒られ、マネージャーからも呆れた目で見られた。俺の前にレコーディングしていた辻村が時間がかかっていたから良かったものの、今度遅刻したらただじゃ置かないと二人に脅されてしまった。辻村が間に入って場は収まったけど、その時辻村が俺の着ていた服に目を留めてハッとした顔で固まった。
「どうした?」
「これ、晋太の……」
消え入りそうな声で呟く。俺は辻村が晋太の服だとわかった事に驚きながら経緯を話してやった。
「何だ、そっか。」
「それにしてもよく覚えてたな。これが晋太の服だって。」
「そりゃわかるよ。晋太、よくこれ着てたじゃん。」
「……そうだっけ?」
「はぁ~……忘れっぽいのは変わんねぇな、お前。」
辻村が苦笑する。俺はこうして辻村と普通に話せている事に自分で驚いていた。彼女がいると知ってから気まずくてあまり話していなかったから随分久しぶりに会話している気がする。そう思っていたら辻村が困った顔で俺を見た。
「何?」
「……いや、何でもない。それよりお前の番だぞ。早く行ってこい。」
「お、おぅ……」
背中を押されてレコーディング室に入る。振り返ってドアの小窓から廊下を見ると、既に辻村の姿はなかった。
―――
「それってさぁ、あれじゃない?」
「うん?」
突然の裕の声に現実に引き戻される。俺は頬杖をついて裕の方を見た。
「今までずっと側にいてくれた人が、急に自分から遠く離れた所に行っちゃって寂しいっていう気持ち。僕もあったもん。ほら、小学五年生の時に転校して行っちゃった桃ちゃん。僕あの子の事好きだったんだ。その時そんな風な気持ちになった事あったから。」
「そういう事って…言われても……」
然り気無く過去の初恋の話を入れてくる裕を無視して、この間の光景を思い出していた。
あの、辻村に彼女がいると知らされた時を。
あの時確かに、俺の心はいつもと違った……
「どうしたの?」
「え!あ、いや別に……」
「思い当たる事あった?」
「うっ!……あったといやぁ、あったっていうか……」
「僕が思うに、仲本君はきっとその人の事凄く好きなんだよ。凄く大切に思っている。自分では気づいてないかも知れないけどね。経験者が言うから間違いないよ。」
「……え?俺が、あいつを……?」
裕の言葉に動きが止まる。
俺が辻村を……?そんなバカな事、あるはずない。だって俺と辻村は男同士で、今までずーっと一緒にやってきた仲間で……
でも自分の中でそう否定すればする程反比例して、心の奥底に芽生え始めた気持ちは大きくなっていったのだった。
―――
どうやら辻村が気になってるんだと気づいてしまってから数日、俺は仕事をしていても何をしていても集中できずにいた。レコーディングでは歌詞を間違えるし、インタビュー中はボーッとしていて話を聞いていなかったり……
幸か不幸か辻村と二人きりになるという事はなかったが、同じ空間に辻村がいるというだけで心臓が張り裂けそうになった。
「あ~!もう!俺はどうすりゃいいんだ……」
俺は控え室の椅子の上で悶えながら大声を出した。
「仲本君……落ちるよ。」
「え?……う、うわ~~!」
椅子を斜めにして足をぶらぶらさせていたところを、背後から急に話しかけられてバランスを崩す。思い切り派手な音を立てて椅子ごとひっくり返った。
「いってぇ……」
「何してんの?」
「こ、浩輔!」
浩輔は若干冷たい視線を俺に向けながら、隣の椅子に腰を下ろした。
「何か考え事?最近様子変じゃん。」
いつもの飄々とした顔でそう聞いてくる。っていうか、裕といいこいつといい、そんなに俺が変な奴に見えるのか……
そう思いながら浩輔からそっと目を逸らした。
「別に……」
「そう、ならいいけど。悩み事があるなら言ってね。僕で良かったらだけど。」
「浩輔……」
優しく笑う浩輔を見た瞬間、涙が込み上げてきた。俺の中に知らずに溜まっていた訳のわからないものが、胸の奥からぐっと込み上げてきたのだ。俺はわざとらしく咳をしながら椅子に座り直して後ろを向いた。
「ありがとな、浩輔。今はまだ自分の気持ちが自分でわからない状態なんだ。でも気持ちに整理が出来たらちゃんとお前に言うよ。」
「うん、待ってるから。焦らないで仲本君のペースでいいからね。」
浩輔の柔らかい声と優しい笑みに、俺も自分の中での最高の笑顔で答えた。
それは『STARのリーダーの仲本』でもなく、五人でいる時の『仲本亘』でもなく、今まで出した事のない自分の顔だと思った。……何となく。
「じゃ僕行くね。忘れ物取りに寄っただけなんだ。」
「忘れ物ってお前……」
呆れた顔を向けると浩輔も苦笑いした。
「じゃあね、また今度。」
「あぁ。」
軽く手を上げると浩輔も手を振って帰っていった。
「はぁ~……」
思わず溜め息が漏れたが、それは感謝の気持ちから出たものだった。裕も浩輔も俺の事を心配してくれている。それが凄く伝わってきて、何処か頑なになっていた俺の心が溶けていくのを感じていた。
ドロドロした訳のわからない気持ちだと思っていたものが、少しずつ形になっていく。
それが何か俺はきっと知っている。ただ、認めたくないだけなんだ……
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