気づいて欲しい恋 前編


―――


 晋太とライバル宣言した日から一週間後の今日は、次のライブの打ち合わせで全員がスタジオに集まる日だった。俺はスタジオの廊下を歩きながら、この間の五人での飲み会の事を思い出していた。


 飲みながらチラ見した時の仲本の横顔。テレビ用じゃない素の笑顔。交わした会話の一つ一つまで鮮明に覚えている。やっぱり俺は仲本に恋しているんだな、と女のような事を思って慌てて頭を振った。


「しっかりしろ!俺は仮にも『STAR』のエースだろっ!」

 自分で自分を叱咤したが、思ったよりも廊下に響いてしまった。誰もいなくてホッとする。っていうか、エースって自分で言う事かよ……


「でも……好きなんだよなぁ~……」

 ボソリと呟く。何処の乙女かと思われても仕方ない。自分でもそう思って赤面してしまうのだから。だけどこの気持ちは自分ではどうにも出来ない。制御出来ない程大きくなっていた。


 仲本を見ると格好良いなぁ、と思うし、自分の事を見てもらいたいし好きになってもらいたい。あわよくば、付き合いたいと思う。そうなると自然、俺が女の側になるという事も自覚していた。嫌悪感は不思議とない。空気のように当たり前に、気づけば自分の中にあった。


 もし、もしもだ。仲本の気持ちが俺の方に向いてくれたとしても仲本が俺を受け入れてくれるかどうかはわからないのだけど……


 そこまで考えたところでふと立ち止まった先には、控え室の扉があった。会議室に直行しようと思っていたのに無意識にここに向かっていたらしい。

「どんだけだよ……」

 自嘲気味に笑う。でもきっと仲本はこの中にいる。努力家な仲本は誰よりも先に来ているはずだから。それでも入ろうかどうしようか迷っていると、中から声が聞こえた。


「仲本くぅ~ん、かまってよぉ~」

「うざい。今歌詞考えてんの。構ってる暇ねぇって。」

「えーー!」

「浩輔にでも相手してもらえ。」

「やだー。浩ちゃんは面倒くさいからダメ~」

「可哀想に、浩輔……」

「……晋太、来てたんだ。」

 そう、控え室にいたのは仲本と、先週ライバルだと判明した晋太だった。早速アピールしているらしい。

 俺は乱暴にノックすると返事も待たずに中に入った。


「おわっ!ビックリしたぁ~……何だ、辻村か。どうした?」

「仲本!あのさ……」

 ソファーに座っていた仲本は突然現れた俺に驚いて、歌詞を書いていた紙からパッと顔を上げた。怪訝そうに問いかけてくる。勢いのまま口を開いた俺は、続く言葉が思い浮かばなくて口をパクパクさせた。


「あの、あのさ……」

「何だよ。」

「お……」

「お?」

「おはよっ!」

「お、おぅ。おはよ……」

 結局朝の挨拶しか出てこない自分に失望して肩を落とす。チラッと晋太を見ると、仲本の隣に座って体を寄せながらニヤリと嫌な笑みを浮かべた。仲本に見えないところでやっているのが何かムカつく……


「辻村君、おはよー。何しに来たの?」

 白々しい程の無邪気な声に、俺は晋太を睨んだ。晋太も俺を見る。仲本を挟んで、二人は見えない火花を散らした。


「何しにって……たまたま通ったら声が聞こえたから、挨拶しようと思っただけだよ。」


 ……嘘はついてない。だが晋太はそんな俺の心の中を見すかすように言った。


「ふ~ん、会議室行くにはここ通らないけどね。」

「なっ!…ボーッと歩いてて、気付いたら通ってたんだよ!」

「へ~……」

 納得いかないって顔をした晋太だったが、すぐにいつものにこやかな顔になると仲本に抱き付いて言った。


「そんな事より仲本君。遊ぼーよー。」

「わっ!晋太、やめろ……重いっつーの!!」

 俺と晋太の仁義なき戦いなど素知らぬ顔で紙に目を落としていた仲本は、いきなり抱き付いてきた晋太をグーで殴った。


「…イタイ……」

「ふん、自業自得だ。」

「…………」

 赤くなった頬を撫でる晋太に、俺は一瞬同情した。


「で?辻村は何か用事あったんじゃねぇの?」

「え、俺?」

「うん。」

「あー、えっと……」

「まぁ、とにかく座れよ。」

 向かい合わせのソファーに促される。俺は戸惑いながらも座った。


「えー、僕は仲本君と二人がいいなぁ。」

 復活した晋太が再び抱き付きながら言う。すかさず仲本の鉄拳が炸裂したが、今度はギリギリで避けた。……学習したらしい。


「お前は黙ってろ。俺は辻村に話してんだから。」

「ぶー。」

 すげなく扱われて拗ねた晋太は、ソファーの背もたれに顔を埋めると、しくしくと嘘泣きをはじめた。


「で?」

「……で?」

「お前、俺に何か言いてぇ事あるんじゃねーの?この間から何か言いたそうな顔してたぞ。」

 仲本の言葉に俺は呆然とした。気付かれていた。ここ最近の俺の心の変化を……

 まぁ、鋭いこいつの事だ。遅かれ早かれ、こうなる事は薄々わかっていたが……

 それに周りから見ると俺は、思っている事が顔に出やすいタイプらしいから。……だから晋太にバレたんだし。


「べ、別に。最近話す機会なかったし、お互い色々と近況報告とかしたかったっつぅか……」

「何言ってんだ。この間しゃべったじゃん、飲み行った時。」

「まぁ、そうだけど。でもあの時はあんまりしゃべれなかった気がするし……そうだ!今度暇あったらさ、ゆっくり二人だけで……」

「ねぇ、仲本君。辻村君とばっかり話してないで、僕とも話そーよ。」

 どさくさに紛れて仲本を飲みに誘おうとした途端、またもや晋太に邪魔された。


「何だよ、俺は辻村と話してんだっつの。お前もう行けよ。」

「え~!」

 二人のやり取りを黙って見ていた俺は、いてもたってもいられなくてソファーから立ち上がった。


「辻村?」

 仲本の不思議そうな声には反応せず、顔を俯かせたまま言った。

「ごめん!俺……行くわ。」

「辻村!」

 仲本の声を振り切るようにドアへと向かう。ドアを開ける時、一瞬だけ振り返ったら心配そうな仲本の目と目が合った。


「……ごめん。」

 俺は一言そう告げると、ドアを開けて廊下に出た。パタンとドアが閉じる。俺は一瞬目を閉じて深呼吸をひとつすると、会議室へと足を進めた。




「……辻村、何かあったのかな?」

「さぁ?それよりさ、仲本君。」

「ん?」

「打ち合わせ始まるまで遊ぼ~!」

「だからお前うぜぇーって!」




 二人のそんなやり取りなど知らない俺はいかにも機嫌悪いですオーラを振り撒きながら、廊下を会議室へと歩いていった……



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