気づかれた恋 後編


―――


「かんぱーい!」

「「「「乾杯。」」」」

 そして俺達は史上最速でレコーディングを終わらせ、裕の行きつけの店にいた。浩輔の音頭でグラスを合わせる。俺は一気にビールを飲み干した。

「あ~!やっぱり仕事終わりのビールはうまいなぁ。」

「そうだな。」

 仲本が俺の呟きに反応してくれる。嬉しくなって向かいに座っている仲本に話しかけた。


「お前さ、最近どうなの?歌詞作りは順調?」

「うん?まぁ、ぼちぼちかな。辻村、お前は?」

「うん、俺もぼちぼち。どうやったら格好良く弾けるか研究したりしてるけどな。曲作りも進んでるし。」

「はは、そっか。お前は『STAR』のエースだからな。若い女の子のファン増えるように頑張れよ~」

 そう笑いながら言うと、残りのビールに口をつける。その喉の動きに思わず見とれてしまって慌てて下を向いた。


 確かに俺は五人の中で女性ファンが一番多いらしいけど、仲本だってファンは多い。歌番組ではボーカルだからカメラに映る頻度は俺らとは比べ物にならないし、トークでは司会者の隣にいるのが普通だ。

 そして何故か男からの支持が高いから、俺からしてみたら油断ならないっていう感じ。


 凄くイケメンという訳ではないかもしれないけど誰にでも優しいし平等で、明るく気さくなところが受けるのかも知れない。


 そんな事を考えていたから、晋太が俺の方をじっと見ていた事に全く気づいていなかった……




―――


「ちょっとトイレ行ってくるわ。」

「お~、行ってらっしゃ~い。」

 俺は仲本に断ると何やら盛り上がっている裕、浩輔、晋太を尻目に個室を出た。


「はぁ~……何か変に緊張するなぁ。」

 トイレの外の壁に凭れかかりながら溜め息を吐く。

 向かい合わせに座ったものの、正直目のやり場に困った。顔を見てしまえばカーッと頬が熱くなり、誤魔化すようにビールを煽る。隣の浩輔と仲良さげに話しているのを見れば、胸がモヤモヤする。


「はぁ~……俺ってヤな奴。」

 そっと目を瞑るとさっきまでの事を思い出した。




―――


「大丈夫?」

「んあ?何が?」

 俺の隣にいた裕が肘でつんつんと横腹をつついてきた。俺は座った目で裕の方を見る。

「飲みすぎじゃない?いつもよりペース早いし。」

「大丈夫、大丈夫。」

「ホントかなぁ。」

「ホント、ホント。」

 軽く笑うとまたジョッキを煽った。

「こっそり見ちゃえば?バレないよ。」

「えっ!?」

 ビックリして裕を見る。裕は悪戯っぽく笑った。


「見たいんでしょ?こっそり見ちゃえ。」

「見ちゃえって……」

 苦笑いをして俯く。隣から微かに笑う気配がした。そーっと仲本の様子を窺う。仲本は煙草をふかしながらボーッと宙を見つめていた。ボーカルの癖にヘビースモーカーなのだ。


(何か、最近男っぽくなったよな~……)

 思わず見とれてしまう。小学生の頃から一番近くで見てきたけど、若い時はどっちかというと可愛い系だった。それが歳を重ねていくにつれて段々と落ち着いた雰囲気になり、大人の男の顔になった。尤ももうすぐ三十になろうというのだから当たり前なのだが、その変化は俺にしてみれば劇的なものに見えたのだ。

 真面目な顔やふとした時の憂いのある表情にいつの間にか惹かれていった。そして顔に似合わぬヤンキー口調や実はメンバーの中で一番男らしいところ、誰にも弱味を見せないところ、努力家なところ……


 きっとそんなところを好きになり、時間をかけてこの気持ちは大きくなった。気づいたばかりの恋だけど、絶対に諦めたくないと強く思った。


「何?」

「えっ!」

 思いがけず長い間見つめていたらしい。俺の視線に気づいた仲本がこっちを見た。慌てて目を逸らして持っていたジョッキに視線を移す。


「変な辻村。」

「ちょっと酔ったかも……」

「大丈夫か?珍しいな、お前がそんな酔うの。つぅか、今日飲み過ぎじゃね?」

「いや、今日はちょっと飲みたい気分でさ。」

「ふ~ん。」

「……ちょっとトイレ行ってくるわ。」

「お~、行ってらっしゃ~い。」




―――


 そこまで回想したところで誰かの足音が聞こえた。俺は一般の客かと思い、咄嗟にバレないように顔を俯かせた。まぁ、一応テレビに出ている身なんで。


「辻村君。」

 聞き慣れた声に勢い良く顔を上げる。そこには思った通りの人物がいた。

「晋太……」

 晋太が真っ直ぐ俺の方へと歩いてくる。いつもと違う雰囲気の晋太の様子に、俺は嫌な予感を感じた。


「辻村君ってさぁ~」

「……何?」

「仲本君の事好きでしょ?」

「……っ!?」

 声がでなかった。俺は深呼吸を一つ吐くと挑戦的な目を晋太に向けた。


「何でそう思った?」

「だって僕も仲本君の事見てたから。」

 心の何処かでわかっていた答えだったけど、思わず身震いした。


「もうわかったと思うけど、僕も辻村君と同じ気持ちだよ。」

「……」

「絶対、諦めないから。」

 二十年一緒にいて初めて聞く晋太の声だった。恐る恐る顔を上げると真剣な目と目が合った。


「……俺だって。」

「ふふ。ライバルだね僕ら。」

「あぁ。」

「負けないからね。」

「俺は負けるのが嫌いだ。」

「辻村君、負けず嫌いだもんね。」

 ふっと表情を崩す。それはいつもの悪戯っ子な晋太の顔だった。それを見た俺は安心して体の力を抜く。するとおもむろに晋太は右手を伸ばしてきた。


「……?」

「握手。ライバル宣言したし、これからお互い正々堂々と勝負しようよ。」

「……望むところだ。」

 伸ばされた右手を力強く握る。にかっと笑う晋太につられて俺も笑った。


 思わぬライバルの出現に正直ビックリしたが、逆に燃えてきている自分を感じていた。絶対に晋太には負けない。負けてたまるか。

 だってこの想いは簡単に諦められるような、柔なものじゃないから。



 晋太に気づかれてしまった俺の恋。それでも俺は真っ直ぐにこの気持ちを届けるよ。


 いつか……そう、いつかきっと。



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