第三面(オモテ) 鏡の中の世界へ
しばらくの立ち眩みの後、葉水はやっと視界が安定した。
「ん?ここは同じ場所…?」
そう呟くと、手元の携帯から軽薄な声がする。
「いや。一見同じように見えるけど、さっきとは風景が反転してるね。まさに鏡の中だよ。」
「信じられないけど…本当だな…これ。」
呆気にとられて辺りを見回していると直ぐに、とある異変に気付いた。
「…何か、糸っていうか紐みたいな物があちこちに張り巡らされてるけど、これは…」
葉水は目の前にある朱色の線に無意識に手を伸ばす
「…葉水くん!それ触らないでっ!!」
糸にもう少しで指が触れる、と言うところで手元からする絵里花の声に反応して指が止まった。
「あ…丹治、何かマズイのか…!?」
「葉水くん、糸…紐とか言った?それ、多分結界…まぁ、何て言うか、色々危ない物だから触っちゃ駄目なの!」
「よ、よく分からないけど危険なんだな?この糸。大丈夫だ、まだ触ってないぞ!」
と言って葉水はゆっくり目の前の糸から手を遠ざけた。
「糸…か。こっちのモニターからは何も見えないけどね。まぁこんな不思議な空間だ。それくらいあってもおかしくは…」
「おー…触らなかったな、誰と話してんだ?」
その時。カヤツリの言葉を遮るように、数メートル離れた茂みから男性の声がした。
「うおわあああああ!!!…誰だっ!?」
急に現れた人影に驚いた蓮水はその場に尻餅をついた。
腰を抜かした様子を見て、目の前の男性はクスクスと笑った。そうすると、目元まで伸ばした黒髪が揺れ、にやけた表情があらわになった。
「誰だって…?俺は雇われ結界術師の赤碕(あかさ)さんだ!!」
「え…」
急に現れた怪しい中年は、離れた茂みから親指を立ててはにかみ、白い歯をむき出しにしてきた。
「なんだぁ?そのポカーンとした表情は!!やはり本物の天才の前ではうら若き少年も呆気にとられるしか無いのか、なるほどなぁ…!わかるぞ!!」
「いや…あなた何なんですか…」
「何って…自己紹介しただろう?俺は結界術師!ここで結界貼るお仕事してんだよ。少年!!」
今度は目の前でマッスルポーズをとり始めた中年。
「な、なんで…そんなこと。」
「なんでって、俺も詳しいことは雇い主から聞いちゃ居なかったが、何でも…」
「お前みたいな学生(ガキ)の魂を集めてんだとよ。…悪いな、これも商売でな。お前も「他の奴ら」と一緒に縛られてくれや。」
ふと、男の顔から表情が消えた。
切り替わった、と言うべきかも知れない。
その瞬間、葉水の背筋に凍るような衝撃が走った。
「この感じ…!?この前の学校と同じ奴だ…」
葉水の身体はゆっくりと震えだした。
「学校と『同じ』だぁ? あー…『そっち』は知らねぇな。俺の仕事はずっとここだけだ。」
「な、何を言って…」
あまりの衝撃に半分存在を忘れていた携帯から、カヤツリの忠告が聞こえる。
「葉水くん…落ち着いた方が良いかもね。近くにも糸、あるんじゃない?」
「はっ…!?」
右肩付近に目をやると、肩から10センチほどの距離に朱色の糸が伸ばされていた。
「こ、これ…そう言えば丹治も結界がどうのって…」
「んん?お前結界糸…視えてんな? どっかで修行でも積んだか。 まぁいい、特に対処は出来ないみてーだし?…やっちまうか。」
そう言うと男は何処からともなく朱色の糸束を取り出し、空中に放り投げる。
「そらっ!!」
すると無数の糸が、周囲の木の枝に巻き付き始め、木の間どうしを縫うように素早くうねった。
「なんだ…?糸が次々と枝に引っ掛かって…周囲を…囲んでる!?」
「と、とにかく逃げなきゃ…」
葉水は左側の糸の少ない場所を見つけ、合間を飛び抜けた。
「チッ…糸視られてると、ちょっとやりづれーな! しかし…逃げられると思うなよ!」
男は瞬時に新たな糸を取り出し、葉水の方向へ飛ばした。伸ばされた糸は葉水の右腕をしっかりと巻き付けて捉える。
「あっ…! 捕まった…!!」
しかし、糸は急激に力をなくし、するするとほどけていった。
「…なんだよ、御守まであんのか。」
男はため息混じりにぼやき、眉を潜める。
葉水の右手首には先ほど鏡の中に入る前に貰った数珠が装着されていた。
「さっきの数珠のお陰か…!!これなら逃げれる!」
安心して足を一歩踏み出そうとしたその時、葉水は足元に転がる「何か」につまづき、その場に
倒れこんだ。
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