【Ⅴ】—1 清白
救助、捜索、復興作業、会議。王都での仕事は想像以上に多く、二日に一度は戻って欲しいと言われていたのに、ランテは四日間本部に顔を出せずにいた。あれから四日目の夜遅くになってようやく時間が取れたので、現在本部に向かっている。
戻るときは、王都で作業中の北の兵に声を掛けて一緒に帰ってくるよう、後から正式な文章を持ってきたセトに言われていた。しかし今日は遅い時間だったためか、すぐには見当たらなかったので、一人で夜道を行く。迷うことを心配してくれていたのかもしれないが、人はまだ疎らながらいる時間だ、いざというときは聞けばいい。
それが短慮であったことは、すぐに思い知らされることとなった。
人の気配がする。複数人らしいことは分かるが、正確な数は不明だ。尾行されているように思われる。何の目的だろう。ここは往来、荒事になるなら危険だ。ちょうど以前人々に剣を教えた広場が近かったはず。ここまで考えて、ランテは行き先を変えた。
「あの、何の用ですか?」
広場につくなり問えば、武装した男たちが次々ランテの前に現れた。数えてみれば、六人いる。
誰かを巻き込みたくない、というのが一番の理由ではあった。しかしそれに加え、少しばかりの慢心があったのは否めない。剣の腕が戻ってきたことによるものだ。自分一人でも対処しきれるのではないかと思ってしまった。六人は想像以上の多さだった。
「どうして武器なんて持っているんですか」
広場よりも、往来で挟撃した方があちらも戦いやすかったはずだ。そうせずに仕掛けるのをここまで待ったということは、民たちを巻き込むのを嫌ったのだろう。となると、話が通じる相手なのかもしれない。ランテのその期待は一瞬で打ち砕かれた。
「お前さえ葬れば」
六人が一斉にランテに向かってくる。剣を引き抜きながら、ランテは光を纏った。どうしよう、このまま光速を使って本部まで戻ろうか。考えていると、すぐ傍でランテのものではない光が走った。
「あっ」
光速使いがランテ以外にもいたのだ。街の中だからと、やや加減して使ったのはあるが、ランテの速さにきちんとついてくる。ランテの光が解けた途端、相手も呪を止めて、すぐさまナイフを振り上げた。これは防げる、防げるが。
後ろからもう一つ迫る光がある。ナイフを防ぐのに剣を使えば、この後ろからの攻撃に対処ができなくなってしまう。ナイフの方は避けるのが正解、だろうか。複数人相手は昔から慣れていなくて、やや判断が遅れる。
「ぐあ」
だが、結果的にランテは迷わなくて済むようになった。背後から迫って来ていた男の方が、なぜか唐突に地面に伸びることになったのだ。そちらに仲間の気配を感じて——ちらりと視線を遣れば、構えでデリヤだと分かった——安堵しながら、落ち着いてナイフを弾く。次の手に再び悩んだが、それもまたすぐに不要な悩みと化した。
一陣の風が吹きつけて、やがて巻き上がる。セトの呪だと、呪力を感じるより先に発動の速さで分かった。武装集団が持っていた武器がそれぞれ高く舞う。前にエルティ郊外でジェノの部隊が同じ目に遭っていたのをランテは思い出していた。攻撃呪【鎌鼬】の威力を極力下げて、刃の一つ一つを丁寧に操り、武器を握る手に痛みを感じさせることで武装解除させるのだそうだ。そして、補助呪【旋風】で手を離れた武器を吹き飛ばし、再び戦闘態勢を取らせることを防ぐ。いずれも練度こそ高いとはいえ下級呪、しかし使い方を考えれば効果はこれほどに大きい。まだ三対六、数の有利は向こうにあるが、全員が徒手とあれば形成は完全に逆転したと言える。
「君たちに仲間意識はあるのかい?」
デリヤが、足元に転がる男の背の中央に片足を載せた。喉元に剣を突きつけてそう言えば、残りの五人がわずかに怯んだのが伝わってくる。デリヤの質問に、「ある」と答えたようなものだった。
「あるなら抵抗しない方がいいよ。分かるだろう?」
「白女神様、我らの神はあなた様だけ!」
デリヤに声を被せて来たのは、他でもない人質の男だった。掲げた手に光が集う。溜息をついたデリヤが剣を動かすより先に、男の手のひらが縦に一筋、風の刃によって浅く割けた。術者の集中が切れたため、光は血と一緒に散って消えていく。
「相変わらずの甘さだね。本部の牢はそんなに広いのかい?」
「狭くはないな」
「それでも三人で六人を連行なんて面倒じゃないか。一人二人減らしたいね」
「半分は浮かせて運ぶ」
「呪力の浪費だね。そういうことをするから、いつも無駄に疲れるんだよ」
デリヤとセトの会話を、残り五人は絶望したような顔で聞いていた。それもそうだろう、そんな会話を交わしながらも二人には全く隙がない。何かしようとすればその瞬間に阻まれるのが、
三人で六人を本部まで連行した。一人で一人ずつ、残り三人はセトが風に乗せて運ぶ。【疾風】とは違い、呪で発生させた上昇気流に乗せながら動かすのだが、これがとても揺れていて居心地が悪そうで、ランテはそちら側三人には憐れみを覚えてしまった。目的地に着くなりうち一人は酷い顔色で胃の中のものを戻していたが、無理からぬことだろう。
「ごめんなさい。セトにちゃんと兵を連れてくるよう言われていたのに」
六人を担当兵に引き継いでから、ランテは居住まいを正して二人に謝った。
「本当だよ。忙しいのは君だけじゃない。連携が必要なのは分かるだろう?」
「うん、ごめん」
こういうときは、今のデリヤのように遠慮なく責めてもらえた方がありがたい。
「ランテ、オレたちはお前の腕を疑っているわけじゃないんだ。実際、今の相手ならお前一人でもどうにかしただろうと思う」
穏やかに切り出したセトに、ランテは目を移した。彼が何を述べようとしているのか、この時点では分からない。おそらくぽかんとした顔になっていただろうランテに、デリヤが横から口を挟んだ。
「分からないのかい? 君は旗印だ」
旗印。それは分かっているつもりでいた。だから狙われやすいと言いたいのだろうか。しかしそれでは、先程のセトの話と繋がらない。
「敵を作るなってことだ、ランテ」
考えあぐねていたランテに、ついにセトが答えをくれた。自力で辿り着くよう待っていてくれていたのだとしたら――そんな気がする――自身の鈍さを申し訳なく思う。
「お前はいつでも正しくないといけない。旗印の役割は、人心を集めることだからな。正しくあるために必要なのは」
一度ここで言葉を止めて、セトは一言一言を刻みつけるようにその先を続けた。
「汚れていない手だ、ランテ」
言葉は耳から頭には達したものの、腹までは落ちてこない。いや、もちろん人を殺したいとは決して思わない。だが。
ランテは両手を見下ろした。この手は、果たして清いままだろうか。ランテだって一応は剣士だ、人を斬ったことはある。王国では内乱が起こってからしか人に向けなかったし、あの時は先輩騎士らの後ろにいたのと、ミゼを守ることが一番の役割だったのとで、きっと誰かを殺すことはなかった。しかし、こちら側の世界で目覚めてからはどうだったか。殺してしまうかもしれない、と思ったことは何度もあった。今目の前にいるデリヤの腕を断ったときだって、癒し手のセトが近くにいなければ死なせてしまっていたに違いない。ワグレで斬った兵士はどうだろう。フィレネと初めて会ったときや、激戦地から帰るときなどの、記憶のないときは? ランテにはこの手の白さを信頼できない。
無論、セトやデリヤはそういうことを——本当にランテの手が汚れていないかを——問題にしているわけではないのだろう。それは分かる。しかし、本当に汚れていない手を持っているかどうかも定かではないのに、自分だけが殺しをしないでいることで、ランテだけが心理的な負担から逃げてしまっているのではないか。今までそこに考えの及んでいなかった後ろめたさが、ようやく形になってランテを打った。
守られてきた。本当にそう思う。ミゼに、王国の先輩たちに、セトに、ユウラに、テイトに、デリヤに——他の皆にもだ。いつまでも守られるままではいけない。必要な傷ならランテだって受けたい。同じ場所に立ちたいのだ。そう思うから、ランテは「でも」と力強く言った。
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