【Ⅶ】—4 思い
疑問符ばかりが浮かんでいる。ランテが言い放った後の聴衆の反応は非常に薄かった。当然かもしれないが、少々気圧されてしまう。
「この世界は、滅亡した世界にいた人たちが世界が続いて欲しいと祈ったから、その祈りの力で出来上がったものなんです。えっと、精霊がその祈りの集合体みたいなもので。呪が得意な人なら、世界を対象にして探ってみたら、それが分かるらしいです」
聴衆たちが浮かべる疑問符はちっとも減っていないような気がした。どうしようという焦りが芽生え始めて、ランテは慌てて深呼吸した。今ばかりは、落ち着いていなければ。
「ベイデルハルクは、祈りが尽きればこの世界が突然終わってしまうかもしれないって考えたみたいで……だから祈りの力を使って、全く新しい世界を創ろうとしているみたいなんです。そうなると、今あるこの世界は消費されて滅んでしまう。オレは——いやオレたちはそれをやめさせたくて、ベイデルハルクを倒そうとしているんです」
ここまで説明を終えると、盛んに煮えている鍋の蓋を開けたように一度に騒がしくなった。皆、傍の者と何か話しているらしいが、先程とは違ってランテは高いところにいるので、全く声が届いてこない。何を言っているんだろう。不安になってしまわないよう、全ての指に力を込めて奮起する。
「この世界が勝手にエネルギーにされて消されてしまう。オレは嫌です。そんなこと、許したくない。皆さんはどうですか!」
そんなことをしなくても、ミゼが声は余すところなく届けてくれるだろうに、ランテは目一杯声を張っていた。
賑わっていた聴衆が、しんとした。そのままで幾許かの時が過ぎる。言葉を探し始めたランテの視界の隅で、ゆらりと何かが頼りなげに揺れた。十に届かないくらいの小さな男の子が、背伸びして一生懸命手を上げていたが、バランスを崩してよろけたらしい。だが、そのおかげで気づけた。母親と思しき女性が急いで手を下ろさせようとしたが、それより早くランテは声を掛けた。
「そこの男の子、どうぞ」
男の子は、じっとランテを見上げている。開かれた口から出てきた言葉は、想像していたよりずっとはきはきしていた。
「難しいところは分からなかったけど……世界が消されたら、皆いなくなっちゃうんですよね。僕も、友達も、父さんや母さんも」
「……うん」
「それは、嫌だな……」
男の子がぽつりと零した言葉が、ミゼの呪で響き渡る。誰もが、それをじっと聞いていた。俯いていた男の子は顔を上げると、もう一度、今度は大きな声で言う。
「僕も嫌です。お兄さん、僕、何かできますか?」
とても勇気のある子だなと思う。一生懸命唇を引き結んでランテを見上げるその子に、確かに勇気づけられる。この子が抱いているような思いを皆で持っていけたら、それはきっと世界を守ることに繋がっていく。ランテが信じていたことが、今、部分的に実証されたような思いだった。
「……ありがとう。オレも、君と同じ気持ちなんだ。あの、聞いてください」
男の子のお陰で、訴えたいことが次から次に喉元に溢れてくる。この言葉たちで皆を動かせるかは分からない。
——思うままに。
蘇った言に頷いた。打算も策略も得意でないランテは、ただただ率直に愚直に思いをぶつけることしか知らない。それでいいと言ってくれるのなら、そうしてみよう。事前に考えていた内容は、もう、忘れてしまうことにした。
「オレ、さっきも言いましたけど王国時代は騎士をしていました。でも、国を守りたいとかそういうのでなったわけじゃなくて、オレは王族の姫のミゼと友達で……ミゼが好きで、ミゼが守りたいから騎士をやったし、ベイデルハルクたちにも立ち向かいました。今こうしているのも、ミゼとか、一緒に立ち上がろうとしている仲間たちのために何かしたいからで、オレ、世界のためにとかそういう大きなことは、あまり考えられていないかもしれません。世界が滅ぶとかも上手くイメージができないし……でも、ミゼや仲間たちがいなくなるって思うと、オレはそれは嫌です。だから、やらなくちゃいけないなって思う。オレはもっとずっと皆と一緒にいたいし、もっと楽しく、戦いとかはしないでいいように生きていけたら嬉しいなって思うから」
ランテは客観論や一般論が苦手だ。セトにも言われたが、主観的なものの見方をついしてしまうのだろう。しかし人間は、自分の内側から湧いてくる感情にこそ最も突き動かされるものではないか。だからそこのところを聞けないままでは相手のことはよく分からないし、そのままだと相手を信じられない。今話を聞いている人たちにはランテの考えていることを残らず知って欲しかったし、信じるかどうかはその上で考えて欲しいのだ。
「本当は、この世界が消えちゃうかもしれないってことは、皆に話さないでおこうって話も出ていました……というか、そうした方がいいって言われました。皆を不安にさせるから。オレ、多分後で怒られると思います。でも、言っておいた方がいいと思ったから言いました。今は祠を守ること以外、世界を消さないためにどうしたらいいか分かっていないんです。だから、一緒に考えて欲しい。戦えなくても、その部分をどうしたらいいか考えることはできると思うんです。皆で考えたらきっと何か見つかるはずだ」
息苦しくて、ランテはここで大きく息を吸った。呼吸を後回しにして、言いたいことを次から次に話したからだろう。一つのことに夢中になると、他のことがなおざりになる自分をまた自覚して少し笑う。
「世界じゃなくて、今傍にいる大事な人を守るために、それから、その人たちと未来を生きる自分を守るために、少しでいいんです。力を貸してください。そうやって皆で頑張ったら、きっと、最後には世界を守ることに繋がると思うんです。だから、一緒に頑張りませんか。お願いします!」
「あ、えっと……」
急に自分に集う
「すみません、頭が真っ白になって。言いたいことは全部言った、と思うので……多分。オレの話は、これで終わります」
しどろもどろに話を切り上げて、頭を下げて、演台を下りる。何とも締まりのない終わり方になってしまった。言葉がどう響いたかを確認するのはなんだか怖くて、聴衆たちの顔を見ることはできなかった。その代わりに、階段を下り切ってしまってから、ミゼと目を合わせる。王族が秘めると決めていたことを話してしまった。申し訳なさを感じていたが、柔らかい微笑みを向けてもらえたことで、少しだけほっとする。
「上手く話せたかな……」
元の場所に帰ってきてからセトに問うと、彼にも頷いてもらえた。そのまますぐに聴衆に目を移したセトに釣られて、ランテもそちらを眺める。
聴衆の多くはまだランテを見ていた。演台には既にオルジェが立って、今後の方向性を語り始めているにもかかわらず。
「ランテのやり方は、ランテにしかできないな」
賛否どちらで採っていいか分からないような言葉だから、一瞬不安になったが、セトに目を戻すと穏やかに微笑んでくれていたので、おそらくは否定の意味合いはなかったのだろう。もう一度、今度は意を決して聴衆に目を向けた。やはり多くの者たちに見つめられていたので、どうしようかと悩んで、少しだけ頭を下げておいた。
一言も発しない彼らの瞳は、鏡のようにただランテを映しているだけに見えて、感情がよく読み取れない。ただ、きっと呆れていたり不審に思われていたりしたら、このようにいつまでもランテを追いかけはしていないはずだ。そう思って、自分を励ましておく。
「お前はよくやってるよ」
聴衆を見つめながら、セトの声を聞いた。
「出会ったときから、本当によくやってる」
やはり聴衆の反応はよく分からないままだったが、ランテが今のランテとして目覚めてから、多くの時間を共に過ごした彼からの賛辞は、ランテを力強く支えてくれる気がした。
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