【Ⅲ】-2 役割

「白女神祭前だったこともあって、近頃町へ出入りする者は多かった。中央の手勢はどこまで膨らんでいるかは分からないが、おそらく……さほどの数ではないだろう。テイトは数に驚いていたようだが、少なくとも、こちらの兵の数を上回ることはないと考える」


 支部長室に戻って、ランテたちはハリアルの前で横一列に並んだ。ハリアルはアージェからの報告を聞き終え、彼らが予定よりもかなり早く帰還したことを労ってから、切り出した。それに対して、ダーフが尋ねる。


「なぜそうお思いですか?」


「数で押す戦法なら、ジェノ上級司令官が連れてきた兵もエルティに残していた方が都合がいい。けれども、上級司令官の軍は事を起こす前にエルティを発った。おそらく犠牲を増やさないためだ。ワグレの……かつてワグレが在った地を見れば分かる」


 俯いたハリアルの目が遥か遠い地を――おそらくワグレの地を――彷徨う。その目は暗澹とした闇を映していた。聞いてはいけないことかもしれない。それでも、知っておかなければならない気がした。ランテは口を開く。


「どうなっていたんですか?」


 答えは隣から返ってきた。セトだ。


「あれだけ栄えていた町が……一面、砂に変わってた。家並みも、人も、船も、全部。あれは、人の手による破壊じゃなかった。それにワグレが消滅した後、数日経ってから現場に立ったとき、あまりに強力な力の痕跡にあてられそうになった。あのときは黒軍の仕業だって信じて疑わなかったけど、あれだけ大きな力じゃ白い方か黒い方かなんて分かったものじゃない。たぶんあれは、【白獣】の仕業だ。だったら今回も。そういうことですよね?」


「ああ。北の兵士は中央に比べて、数は少ないが個々の技能で勝る。下手に兵を送り込めば中央にも大きな被害が出る。それなら無差別だが確実に町を潰せる方法を取るのは、自然な選択だろうな」


「でも中央は、白獣は黒獣と違って温厚で神聖な生き物だって言ってたわね。あれは嘘?」


 リイザが首を傾げる。アージェは鼻で笑った。


「ハッ、中央の戯言なんざどうでもいいぜ。それで、支部長さんよ、さっさと本題に入ろうぜ。俺たちゃどうすりゃいい?」


 暫時の思考の後、ハリアルは慎重に答えた。


「今即動かせる兵はおよそ千だ。今日一日は様子見に使おうと思っていたが、おそらく敵は二日後の白女神祭までには何らかの策を仕掛けてくるだろう。アージェ隊が早めに戻ったという事態の好転もある。ならば、動くのは早いほうがいい。隊を少数精鋭の遊撃隊と防衛隊に分け、遊撃隊には今夜、頃合を見て例の酒場に突撃してもらう。あそこに幾人かの中央勢がいることは間違いないだろうからな。残りの人員には総出で町の防衛兼監視をしてもらおう。何か変わったことがあればすぐに支部まで伝えるよう。防衛隊の指揮は私が、遊撃隊の指揮は――」


 迷った末、ハリアルの視線はセトに留まった。それを受けて、セトが頷く。


「オレが」


「……いけるか」


「もちろんです」


「支部長、セトより俺のが」


 ハリアルに抗議しようと進み出たアージェに、セトが悪戯を思いついた子どものような笑みを向けた。


「こういう頭が必要な作戦は、お前には向いてないって。前にも言わなかったか?」


「セト、てめえ!」


「ならば、主な指揮はセトに、その補佐をアージェに頼もう。遊撃隊の面子はお前たちが相談して決めればいい。敵の方も優秀な者を揃えているだろう。慎重にな。また、突撃は深夜になるだろう。遊撃隊のメンバーはそれまで休んでおくように」


 喧嘩腰になったアージェを止めると同時に、ハリアルは指令を出し終えた。中々手馴れている。さすがは支部長だ。


「分かりました」


「オレら二人とも遊撃隊行っちまって大丈夫なんすか?」


 先に答えたセトを睨みながら、それでもアージェは大人しくハリアルに尋ねた。


「敵はセトを捕らえるつもりで、それが可能な戦力を集めているだろうからな。こちらも主戦力で臨まねば。そして、ダーフ。ミンを走らせて東へ援軍の要請を。ただし到着しても町の内部には入らないよう伝えておいてくれ。中央から援軍が来た場合にのみ、町の内部へ踏み込む前に食い止めてくれと」


「承知しました」


 ダーフが頷いた。ハリアルは次にランテに目をやった。


「そして、ランテ君。君はまだ北支部の白軍としてはさほど顔が知れ渡ってない。君には情報収集を頼みたい」


「あ、それならセトにもらった地図が」


 ポケットに畳んで入れていた地図を取り出す。ハリアルが説明を求めてセトを見た。


「昨日、ランテが一人で入ってもよさそうな酒場とか情報屋なんかに印をつけた地図を渡してあります」


「裏町は?」


「いえ、町の東側中心の地図なので裏町までは。でも裏町は……」


 セトは言葉をそこで止めたが、言いたいことはランテでも分かった。だが、これからセトたちがやろうとしていることに比べれば。自分に出来ることならば、やりたい。ランテの無言の訴えをハリアルは受け止めてくれたらしい。


「見張りを増やすからそれほど危ないということはなかろう。裏町には酒場が三件ある。ランテ君には例の一件を除いた残り二件を回ってもらいたい」


「分かりました。何を聞けば?」


「ここ数日で裏町で何か会合じみたことがなかったか、あればそのときにどれくらいの人数がいたか、会話を聞いたという者がいれば内容も聞いてきて欲しい」


「分かりました」


 このときランテの胸にあったのは恐怖や緊張の類ではなくて、高揚感だった。やっと自分も、些細なこととはいえ力になれると。しかしその横で、セトは心配顔だ。


「ランテ、席は一番扉に近い場所にしとけよ。やばいと思ったらすぐに逃げろ」


「裏町ってそんなに危険?」


「いや、普段はスリが多いのと酔っ払いの喧嘩があるくらいだけど……念を入れといて損することはないさ」


 ちょっと笑ってしまったランテを見て、セトが怪訝な顔をした。


「どうした?」


「いや、セトって自分のことには無頓着なのに、他人のことになるとすごく心配性になるんだなって思って」


 一瞬呆気に取られたような顔をしてから、セトは視線をずらした。そのままぶっきらぼうに答える。


「……別にそんなことはないから」


「へへっ、セト、一本取られたな。珍しいこともあるもんだ。ランテつったか? 仲良くしてくれよ」


 アージェに応じながら、ランテはもう一度笑んだ。ついさっきまではよそ者だったランテに、皆、親しげに語りかけてくれるし、心配もしてくれる。本当に優しい人たちが集まっている。北支部に来て良かったと、ランテは心からそう思った。

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