1.セカンドライフ

 チュンチュンと小鳥がさえずる音が聞こえた。

 ゆっくりと目を開けると、優しい光が目に入ってくる。

 木漏れ日の差し込む部屋。

 床や壁は木彫で必要最低限の家具が置いてあるぐらいだ。

 考える力も起こらず、ただボーっと目だけ開けていると。

「お、起きたか。少年」

 頭に響いていたきれいな声が、耳に届いた。

「…はい」

 ただ聞かれたことを本能のまま答える。

 しかし、仰向けになっている僕の隣で座って本を読んでいた女性は、まさに欲しかった答えだったようで。ニッコリと微笑む。

「それは良かった」

 それっきり静かになってしまった。

 僕の様子を見て、判断したのだろう。

 心地良い静寂の中、僕の思考はやっと目覚めてきたようで。

 あれからどうなったのか、今どういう状況か、とか色々考えたがとりあえず、寝かしてもらったのだろことにお礼を言わないと。

「あ、あの…」

「ん?」

 声を掛けたところで何やら違和感に気が付く。

 どうした?と目で訴えている隣の女性に素朴な疑問を投げかけた。

「あの…。僕、声が変じゃありません?」

 明らかに。

 いつも自分の耳で聞いていた声はもっと低かった気がする。

「あ…あぁ。そりゃ、そうだろ」

 何を当たり前のことを、といった様子である。

 あれ?僕の方がおかしいことを言っているのかな。

「自分の姿、よーく見てみな」

 そう言って女性が指をくるくる動かすと、鏡のようなものが出現する。

 その鏡に映ったものを見てみると。

「ぇ?え…えぇぇーーー!」

 自分と鏡合わせで同じ動きをする、全く見覚えのない女の子がそこには映っていた。



「私の名は、メイビス・シルフィフォード。あなたの母親よ」

「よろしくお願いします、メイビスさん。僕はターナ・ユニ。あなたの息子ではありません」

「違う。お前はステラ・シルフィフォード。私の娘さ」

「断じて違う」

 何が違うって何もかもが違う。

 驚くことが多すぎて、一週回って冷静にもなるものである。

「違わなくない。自分の姿を見てみろ。正しく私の娘、ステラじゃないか?」

「えぇ。なぜか目が覚めたら、記憶にある自分じゃなくなってましたよ。そして性別すら変わってましたよ」

 先ほど鏡を見せてもらって映っていた姿は、正しく別人といって問題なかった。

 サラサラの桃みがかかった色の長い髪に丸い瞳、もちもちの肌。それに記憶にあった身体よりも一回り小さいのに、胸だけは前よりも大きくなっている。

 本当に何がどうなってこうなった?

 考えることを放棄したい気持ちで頭を掻く。

「だからターナ、お前は死んだの。そして生まれ変わったの」

「そんな淡々と語られても…」

 死ぬってそんなあっさり言うものなの?

 いや、確かに実感はあるよ。だってめっちゃ熱かったんですもの。あ、死んだって直感がいってたんですもの。

 だからってねぇ?生まれ変わったとか経験ないものいわれても…。死ぬのも経験なかったけども。

「百歩譲って、死んだのは理解できるよ。でもなんでこの姿なの?」

「あ?お前喧嘩売ってんの?ステラの身体が不服とでも?一回殺して蘇生させんぞ」

 殺すのか生かすのかハッキリさせてほしい。

 てかめっちゃ怖いじゃん、メイビスさん。鬼も逃げ出す面相してんだけど。

「いや、すみません。不服じゃないです」

 自然と敬語になっていた。本能的に何か悟ったようだ。

「う、うん。こちらこそすまん。言い過ぎた。ステラの身体に傷でもつけた時には私が自分で死んで生き返るところだ。やるなら精神的にすることにする」

「…えぇー」

 ドン引きである。

 何がって、もう全ての言動にである。

 しかし、ここまで会話しているとそろそろ受け入れていかないと、という気持ちになってくる。

 メイビスさんの言葉通り、この身体はメイビスさんの娘、ステラさんのものだ。

 俺はあのスラム外で死んだのに、魂だけ生きていてこの身体に憑依しているらしい。

 難しいことは分からないが、メイビスさんの魔法によるもので今この状況になっている。

 じゃ、ステラさんの魂は?という質問をすると、メイビスさんは悲しそうな表情をした。

 その表情を見ると、そこから先はまだ踏み込んだらいけない気がしてくる。

 何はともあれ俺はこのステラさんの身体に転生したらしい。

「ま、これからよろしくな。ステラ」

「…ターナです」

「まーだそんな旧世代の名前使ってんのか!お前、ぶっ殺して蘇生させんぞ」

「わー!その火の玉消せー!こっちはそれ、トラウマなんだよ!」

 にしし、と笑いながら火の玉で脅してくる、メイビスさんとのセカンドライフが始まったのである。

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