第41話
夏休みは瞬く間に過ぎてゆく。
少年時代の瞬く間、その流れゆく速さをどう例えよう。それは流れる雲を見ていても、その雲が空の彼方へたどり着いた時、いつちぎれてしまっているのが分からない程の速さに違いない。
いつも同じ太陽の下、変わらない友人達の笑顔がそうさせてしまうのかもしれない。少年時代と言うのは時間と言うのが全く感じられない不思議な時代と言うしかない。
もしそれが終わるとしたらきっとそれからの僕達の時間はものすごい速さで進んで行くだろう。
夏休み中、僕達は台風が来た日以外は殆どヒナコの家に遊びに行った。
行けば必ず母親のホットケーキを食べ、夕方になれば勝幸の父親の車に乗って帰る。それをずっと繰り返していた。
そんな天気が良いある日、僕達は向日葵の咲く庭に白い椅子とテーブルを置いて、皆腰を掛けてトランプでババ抜きをしていた。
僕はヒナコと手にしたトランプ越しに向き合いながら聞いた。
「ヒナちゃんは、将来何になりたいの?」
ヒナコは僕の手のカードを睨みながら「うーん」と呟いた。彼女は今僕の手からババを引かない様、真剣ににらめっこ中だ。ふとした僕の質問にもはぐらかされない様真剣に見ている。
「えい!」
そう言ってトランプを引くと、すこし怪訝そうな顔をして、僕を睨み付けた。僕は知らん顔でツトムのトランプを引いた。
「そうね・・」
そう言ってヒナコが勝彦にトランプを引かせようとしている。
「私・・将来・・花屋さんになりたい」
「花屋さん?」
そう言って勝彦がトランプを引いた。
「うげぇ。ババじゃ」
ふふとヒナコが笑う。
「ヒナちゃん、花屋になりたいの?」
「そう」
ヒナコが頷く。
「お庭にお花が咲いているでしょう?私病気だから外出できなくて・・それでお母さんがね、こんな私の為に庭に沢山季節のお花を植えてくれているの。それをね、ベッドから眺めていると気持ちが落ち着いてくるのよね、それで色んな想像が出来ちゃうんだ。楽しい想像がね。それだけで気持ちが弾んでくるの」
僕は話を聞きながらヒナコの瞳の奥底に眠る寂しさと将来に対する輝く希望を見た気がした。
見れば勝幸もツトムもトランプを抜きながら、ヒナコの話す言葉に耳を傾けていた。
「お花って不思議な力があると思う。落ち込んだ人、不幸な人、悲しい人・・・そんな人達を幸せにしてくれる力がね。そう思わない?ナッちゃん?」
「うん・・そうかもね」
僕はそう言ってツトムが差し出したトランプを引いた。
「あ!」
ツトムが口に手を当てて笑っていた。
「ババだ!」
皆が僕を見て笑う。
「ナッちゃん、よそ見しちょっからじゃ!」
勝彦が僕を指さして言う。
「あー、やられた!」
僕は頭を掻いて、再びヒナコに向き合うとトランプを彼女に向けた。
「さぁ、ヒナちゃん。勝負!」
僕はトランプ越しに笑うヒナコを見た。その時思いもしなかったが、それが僕が見たヒナコの最後の笑顔だった。
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