第42話
二度目の大型の台風が接近しようとしていた。その日も僕達は勝幸の父親の車に乗り、屋敷へと向かった。
風が強くなっており、窓から見える山の木々が時折大きくうねりながら揺れていた。
途切れ途切れに聞こえるラジオの声で、台風は今夜夕方奄美諸島へ接近すると聞こえて、僕は今夜から台風が来るなと思った。
いつものように向日葵の庭に降りると激しく向日葵が揺れている。
それはとてもすごい光景だった。その時強い風が突然吹いて一輪の向日葵が空へと舞い上がり、屋敷の玄関へと飛んで行った。
舞い上がった向日葵はやがて空中で一回転して、僕達が良く見知っている人の足元に落ちた。
その人は落ちた向日葵を拾うと僕達の側にやって来た。
僕はその人の名前を言った。
「新穂先生・・?」
先生は寂しそうな顔をして僕達にやって来て、小さく微笑すると僕に向日葵を渡した。
その様子を見て立ち去ろうとした勝幸の父親が車を停めた。
「どうして先生、今日ここにおるんじゃ?」
ツトムが言う。
「それにどこか疲れてるようじゃ」
後に続いて勝彦が言った。
その声に先生は大きな笑顔を作ったが、直ぐに寂しい表情に戻った。
「先生、たまにヒナコちゃんの所に来て勉強教えているのよ。だけどね、皆良く聞いてね。実はヒナちゃん、急に病気が悪くなって今朝早くに大きな病院へ行ったの。そこで検査を受けたのだけど病気が思った以上に悪くてね、そのまま東京の大きな病院へ入院することになったの」
僕達はうねる風の音の為か先生の言う言葉が、車のラジオのように途切れ途切れにしか聞こえなかった。
「じゃ・・先生。ヒナちゃんはもうここには?」
僕の言葉に先生が頷いた。
「うん、もうここには・・」
その言葉が終わらないうちに勝幸が叫んだ。
「嘘じゃ!先生」
勝幸の声を風が切り裂こうとしている。
「秋になったら北郷のキャンプ場へ遊びに行く約束しとるんじゃ。それにまだ小学校の友達にも紹介しとらんし。サッカーの試合にも応援に来てもらわんと・・それに、まだちゃんと好きじゃと告白もしとらん!」
勝幸の声は最後になると涙で湿っていた。
「勝幸・・それにツトム、夏生、勝彦君。良く聞いて。お別れは誰にでもある事なの。それは突然なの・・」
そこで先生は涙を溜めて僕達のそれぞれの頭を撫でた。
「先生にも・・君達の中でも、お別れは突然来るのよ。それをしっかり、しっかり乗り越えて君達は強くなるのよ」
僕達は唯呆然と先生の言葉を聞いた。手にした向日葵が風に揺れて頭から地面に落ちた。
先生は皆の前に瓶を出した。それは僕達が川で拾った手紙と向日葵の種の入った瓶だった。
「これ・・誰か貰ってくれる?」
先生の言葉に誰も顔を上げることができなかった。皆悲しくて頭を上げれなかった。
「勝幸?どう?」
先生の言葉に首を強く横に振った。ヒナコは勝幸の初恋だったのかもしれない。先生の言葉に唇を噛んで首を横に振るのが精一杯だった。
「ツトム・・勝彦君は?」
二人はしっかりと先生の目を見て同じように首を横に振った。
「そう・・じゃ夏生。君が貰いなさい」
僕は「え?」と言う表情をした。
「で、でも・・」
「貰いなさい。あなた女の子の気持ちを分からんと?めそめそしとらんと、ちゃんとしっかり受け止めなさい」
そう言って先生が僕の胸に瓶を押し当てた。僕はなんだか理由がわからず、驚きを隠せないまま受け取った。
先生が皆の背を触り、頷くようにしてから皆の肩を囲むように手を伸ばして言った。
「皆、顔を上げなさい。良く聞いて。『ヒナコちゃん皆とお友達になれて幸せだった』って」
先生がそこで涙をぽろぽろと流し始めた。
「『元気で』って」
先生は両手で顔を覆った
「『元気で居れば、また会えるって、世界中どこに居ても』」
もう僕達は彼女についてはそれ以上何も言うことは無く、唯、じっとそこで先生が泣き止むのを待っていた。
先生が泣き止むと、勝幸の父親が車から降りてきて僕達に声をかけた。
「皆、家に帰っど」
その声は荒々しくなく、とても優しかった。
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