第3話

 妹の病室を訪れてから数日後、僕は再び病室を訪れた。

 間仕切りのカーテンから顔を出すと妹はベッドから半身を起こして僕が来るのを知っていたかのような顔つきで見ていた。

「なんだ、来るのが分かっていたみたいだね」

 妹に僕は言った。

 笑いながら妹は僕に言った。

「ほらこの窓の下に通りが見えるのよ。先程、その通りを見ていたら横断歩道を渡る兄さんの姿が見えたから、来るのがわかってね。起きて待っていようと思ったの」

「そうか」

 僕は言ってから椅子を引き寄せて腰かけようとした。

 しかしその時、僕は妹の側にある『色』に気づいた。僕は椅子に下ろそうとした腰を上げると妹の方へ大きく身体を伸ばして覗き込んだ。

 『色』の正体は一輪の向日葵だった。

「頼子…、これは…?」

 うん、と妹が微笑む。

「向日葵」

「…だよな」

 言ってから妹を見る。妹は微笑を崩さない。

「ほら、私さぁ…昔盲腸で入院してたじゃない?その時、病室で一緒だった子がね、私に向日葵をくれたのよ。それを何故か急に思い出してね。病院って殺風景じゃない?だから今朝、良一さんにお願いして花瓶に生けて貰ったのよ」

「へぇ」と言って腕を組みながら感心して呟く僕に今度は妹が問いかける。 

「で、どうしたの。今日は?」

 僕は軽く頷く。

「ほら、この前、見舞いに来た時に頼子が僕に言っただろう、例の失踪事件を小説にしてさ、本にしないかって」

 ああ、妹が呟く。

「それ、今日から始めようと思ってね」

「そう?」

 妹の顔に喜色が浮かぶ。

「そう、まぁそれを言いに来たのだよ」

 僕はそう言うと肩にかけたバッグから黄ばんだ紙を取り出して妹に手渡した。

 妹がそれを受け取ると僕に言った。

「これは?」

 うん、と低い声で僕は言った。

「多分、頼子はこの手紙を知らないはずだ」

「手紙?」

「そう、あの夏の失踪事件、まぁ僕達の旅の始まりになった発端はこれなのだよ」

 妹がいぶかしげに手紙を広げて、目を通す。

 僕は妹がその手紙を読み終えるまで窓から見える通りを見ていた。

 夏の陽ざしに反射して輝く街中を歩く人々の姿が見える。

「ねぇ…」

 妹が僕を呼ぶ。

 振り返って妹を見た。

「兄さん、これ初めて見たわね。手紙の最後にヒナコって書いてあるのだけど・・、これは誰なの?」

 頷くと手を出した。

 妹が手紙を僕に差し出す。

 それをバッグに仕舞うと、妹に向き直り言った。

「向日葵の少女…」

「向日葵の少女?」

 妹が反芻する。

 僕は笑いながら言った。

「そう。向日葵の少女。僕達の夏の冒険は彼女のこの手紙から全てが始まったんだ」

「この手紙から?」

 妹の言葉に頷くと僕は言った。

「そうさ、僕達はその少女に会う為に皆の前から姿を消したのさ」

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